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じゃんけん  作者: 冬花
10/16

六月(ヤクザと右翼)

 大原の夜は(なが)い…。

「明けない夜は無い」なんて言うが、大原ほど「明けない夜」の街は無いだろう。


「ほら、飲め若者。」


俺はクラブで久々に"旧友"との昔話に華を咲かせていた。


「ありがとうございます。」


こないだ知り合った右翼の若者に俺は酌を注いでいた。


「しかしまぁ本田ぁ。こんな小せえ右翼でやるんなら政治家になっちまえよ。良い政治家知ってるぞ?」


俺の冗談に"旧友"が割って入る。


「草野さん!勘弁して下さいよ。ウチの団体で真面目にやってんのは本田(こいつ)くらいなんですからぁ。日本右翼運動史のホープですよ!本田は。」


本田は照れながら否定する。


「にしても山下よ。他の街じゃ街宣も中々やらせてくんねぇだろ。お前んとこみたいなヤクザがついてねえトコには俺たちヤクザも厳しいだろうな。」


山下はコップをテーブルに置くと辛そうな顔を浮かべる。別に酔って吐きたい訳じゃない。今の自分達の活動の()()()()に辛辣な感情があるようだ。


「そうなんですよ。こないだなんか共産主義者に抗議に行ったら、ヤクザ出して来やがって……アレは堪えましたよ。」


「ハハハ!何処の奴だったんだよ?」


俺はビールを一気に飲み干すと山下に訊いた。


「高階組ですよ!こないだ事件になった。まぁ〜面倒だった!ウチの事務所にまで来たんですよ!?」


俺は聞き捨てならない話に少し苛立つ。


「言ってくれよ山下ぁ。水くせーじゃねえか。」


山下はそれだと俺に迷惑がかかるからと言って愚痴を続ける。


「ウチがヤクザにケツ持ってもらっていないのを良い事に、連中が金せびってきやがったんです。したら横に居た本田が「なんで政治活動してるだけなのに暴力団が出てくるんですか」なんて高階組の奴に言っちゃって!そこからもぉ〜大変でした!」


俺はできればそういう事は連絡してほしかった。山下を本気で叱ろうかと思ったが、あまり口出しすると山下にも悪い。

この野郎は俺が"ヤクザ"だから俺と交友関係にあるんじゃない。俺が"地元の先輩"だからこうして飲みに来ているんだろう。

山下は右翼活動にヤクザが介入する事に昔から疑問を持っていたのは俺も知っている。


「すみません。出過ぎた真似して…。」


本田は真剣に山下に詫びた。


「いいんだよ!本田の言ってる事は正しいんだから!」


山下はさっきのは冗談で言ったんだ、と弁明するとビールを注文した。


「でも僕も山下代表と同じ気持ちなんです。どうして日本の為だと思ってやっている事がヤクザのシノギになるんでしょうか。」


現役ヤクザの、しかも組のトップを目の前にしてよくも言えたもんだと俺は感心した。

本田の目は真っ直ぐ俺を見つめている。

他の誰かに訊かれていたら殴り殺しているところだが、こいつの純情な目に不思議とそんな感覚はない。


「んなこと訊かれてもなぁ。草心会は右翼のケツ持ってねぇし。」


俺は応えをはぐらかせた。多分"口喧嘩"では本田には勝てないだろう。


「あんまり失礼な事言うなよ本田。すいません。ちょっと酔ったみたいで…。」


山下が弁護に入る。

いつもなら俺が怒り出すタイミングだからだ。


「大丈夫だよ。でもな本田、お前ら右翼は真剣に日本を憂いているかもしれねぇが、ヤクザも他のカタギも大して危機なんか感じてねぇんだよ。平和ボケなんだろうなぁ。」


俺はいつしか本田を諭す(さと)役目を担っていた。

なんだか湿っぽくなってしまった。話題を変えよう。


「ところで本田、お前童貞か?」


急な話題に本田は拍子抜けだ。


「近くに風俗街あるからよ。帰りに遊んで来いよ。」


俺は財布から5万程出すと本田にくれてやった。

本田は最初こそ断っていたが、俺が女も知らねえで日本が変えれるかと半分本気で怒鳴りつけると礼を言って金を受け取った。やはり本田は童貞だったらしい。


「いいんですか?草野さん。すいません。」


「バカ。おめぇにはやらねえよ。居るだろ帰ったら古狸が。」


古狸とは山下の嫁の事で、俺と山下の中学の同級生だ。若い頃は綺麗だったが、40も過ぎるとタヌキの長老みてぇな顔つきになる。女は恐ろしい。


「そういや草野さん。女は今どうなんです?」


俺は女はいない。古狸になるのが分かっているから嫁は貰わない事にしている。


「さっぱりだな。」


俺は煙草を手に取ると短く応えた。


「そうですか。紹介しましょうか?」


「……バカ野郎。」






クラブから出ると外は6月だというのに少し冷える。

繁華街の灯りと相変わらずの人の波で少し暖かいような気もするが。


俺は山下と本田を連れて夜の繁華街を歩いた。


「昔はここが風俗街だったんだよ。結構なシノギだったんだけど、一件でガサが入ってな。影響が意外にデカくて全部潰れちまった。サツも悪いよな。男の嗜み潰しやがってよ。」


今の大原の風俗は、その後ウチの勢力拡大と共に成長を遂げた。

今は大体なんでもある。ピンサロにソープ…。

本田は風俗店を本当に初めて見るような顔をしていた。


その後俺と山下は、怖気る本田を馴染みの店に押し込むと、2人だけで二件目の居酒屋に入っていった。





「今日はありがとう御座います。本田も堅い男ですから、たまにはこういうのも良いですよね。」


俺は適当な酒とつまみを頼むと、本田が居ると話せないような「右翼」と「ヤクザ」の現状について話した。

本田に聞かれると自分の活動に幻滅すると思ったからだ。


「高階組はその後来てんのか?」


俺はそれが気がかりだった。

山下達の忠明社は大原に事務所がある。他の組の連中が草心会に断りもなしに来るのは看過出来ない。


「いやいや、組長は死んじゃったしそれどころじゃ無くなったのか今は電話も来ませんよ。」


山下の言葉に俺はホッとした。

俺も46にもなって喧嘩ばかりやっていられない。


「厄介なのが桑子組なんですよ。」


一難去ってなんとやらだ。


「桑子組がどうしたって?」


山下は桑子組とのトラブルを話し始めた。


「先月に東台市に総理が来るってんで、抗議に行った帰りです。東台の駅前で演説やってたら桑子の連中が来てまた金ですよ。」


俺は黙ってその話を聞いていた。


「挨拶くらい来なきゃダメだなんて言うから10万と酒持って後日挨拶行ったら何と組長直々に出てきちゃって、とりあえず世間話して帰ろうとしたら…。」


山下が動きを止めた。

俺は怪しく思い山下に訊ねる。


「帰ろうとしたら?」


山下は酒を一気に飲み干して俺に質問してきた。


「なんか、大原に作るんですって?知ってます?」


多分リゾートの話だろう。


「ああ。実はな、俺もソレで困ってんだよ。で、それを右翼のお前らにどうしろってんだ?」


山下はかまぼこを頬張るとワサビの辛味に涙を流す。


「いやね、後藤市長に街宣かけろって言うんですよ。

理由も無しにそんな事出来ないって言ったらリゾートの話をしてきて…。

何でも公共事業に参入したいんだけど断られたって事で、街宣かけて脅したいんでしょうね。」


桑子は何様のつもりなのか、俺は呆れて天井を仰いだ。


「そんなの東台のヤクザが言ってくる事ではないじゃないですか?草野さんに言われたら分かりますけど…。」


「で、どうしたんだ?」


「断りましたよ!右翼はそんなんじゃないですから!」


俺は色々な事を巡らせたが、後から沸々と怒りが湧いてくる。


「俺が言うのもアレなんだけどよ、桑子には気をつけろよ。何考えてんだか正直俺にもわかんねぇや。」


俺はかまぼこに手をつける。


「正直こんな話草野さんにするのはどうかと思ったんですよ、余計な気遣わせちゃうんじゃないかってね。」


俺は後藤が落ちるのも時間の問題だと感じた。

であれば早いとここっちからその利権を獲得しておく必要がある。


「まぁ安心しろよ山下!大原は渡さねぇからよ。」


俺と山下はしばらくその後も昔話に華を咲かせたが、ゲッソリとした本田が帰ってきたところでお開きとなった。


「おう、どうだった()()()()は?」


「いやぁ〜。なんというか…。悪くはなかったです…。」


どうやら相当搾り取られたらしい。


俺達は腹を抱えて笑った。


居酒屋を出て俺達はまた飲もうと約束をすると、3人別々の方へ歩き出した。


まだまだ夜が明ける様子のない繁華街を歩く俺に、いつも面倒を見ている夜の仕事人達が代わる代わる頭を下げる。

俺は変わった事はないかと彼らに聞いては連なるネオンに沿って歩いた。











「えー!!!」


翌る日俺は事務所から後藤に電話をしていた。

後藤は突然の俺からの「申し出」にただ驚愕していた。


「じゃねぇとお前桑子にやられるぞ。」


俺は昨夜考えていた事を実行に移していた。


「いいか、桑子は間違いなくこの先の工事に首突っ込んでくる。だからお前はウチの系列の会社に発注すりゃ良いんだよ。筋は通ってんだろうが。」


後藤は昨今のヤクザと政治家との関係に警戒している。


「だってそれがバレたらどうなるんですか僕は。次の選挙どころかリゾート計画自体うやむやになりますよ〜!」


何かあるとすぐ"選挙"だ。これだから政治家は信用できない。


「そんなもんバレねぇよ。で、いつ発表するんだよそのリゾートとかいうの。」


俺の問いかけに後藤は教えたがらなかったが、しつこく俺が聞くものだからとうとう来週だと白状した。


「業者の選定はほとんど済んでますから、今から草野さんのトコもって言うのはなぁ〜。」


後藤はなおもヤクザを話に入れたがらない。


「地上げでも何でも良いよ。何かねぇのかよ。」


俺の頼みに一応は考えているようだ、ぶつぶつ独り言を言い出した。


「ああ〜じゃあ、山本建築ってあるでしょ?あそこは何度か市と仕事してますから、山本建築から草野さんのとこに仕事下ろすように言っておきますよ。それくらいなら大丈夫ですよ。」


「お前それ二束三文じゃねぇだろうな。」


桑子より先に介入する事が目的だが、こっちも一応金額はこだわる。


「資材の運搬を頼むようになりますけど、大丈夫ですか?金額はー、んー。700万くらいでどうです?」


「ダメ。」


「え〜⁇」


後藤はしばらく黙った後、誰かと話をしている。多分この間の秘書だろう。


"うん…うん…。あぁ〜それかぁ!"


何か思いついたようだ。


「草野さん、運搬じゃなくて解体できます?それならまだ頼んでないんですよ!3000くらいで!」


1000以上ならまぁ良いだろう。


「よし!わかった!」


俺はこの日3000万の仕事を取る事に成功した。

いや、それよりも桑子の先手を取れた事に安堵した。


「解体業者ならウチの系列にあるからよ。早速連絡するよ。」


俺は後藤に礼を言って切ろうとしたが、後藤からは条件を付けられた。


「でも草野さん、何があるか知りませんけど、ヤクザ同士のいざこざには市は関係ありませんから、それだけは草野さんの方で完結して下さい。」


この男もいつになく強気だ。


「あとで書類送りますから!ではよろしくお願いします…。あっ!この間アソコ貸しましたけど、煙草をその辺に捨てないで下さい。火事になったら大変ですから!」


後藤は俺が線香代わりに置いた煙草の事で文句を言ってきた。

まったく誰のせいでこうなってると思ってるのか…。


「あ?俺も大変なんだよ、()()()()()後始末がな。大体あのビルだってウチの系列が建てたんじゃねぇか。俺はオーナーだよ。オーナー。ハハッ!」


俺は冗談とも皮肉とも言える態度を取る。

チャカを隠した廃会社は、()()()()の後に草心会の息のかかった建設会社に俺の指示で後藤に建てさせた物だ。



「あの一件とこれとは別じゃないですか〜…。」


後藤は苦笑する。


「それとお前、桑子には仕事は絶対回すなよ?一度付き合ったら骨までしゃぶられるぞ。」


これは言っておく必要がある、要注意事項だ。


「分かってますよ。草野さんだから特別に仕事振るんですから。それと骨までしゃぶるって、もうしゃぶられてるんだからしゃぶられる骨がありませんよ。」


後藤も冗談とも皮肉とも言える態度を取る。


「お前ソレ俺に言ってんのかコラ。」


俺は舐められるのを最も嫌う。


「じょ、冗談ですよ!じゃあ書類、送りますから。」




 電話を切った俺は梅津に事の成行と、系列会社に仕事の話をしておくように指示した。









ーーーーー「この度本市は、大規模なリゾート複合施設の建設に着手する事をお知らせ致します。」


数日経って後藤の記者会見がテレビに映っていた。


俺の元には金と契約書類なんかが電話の次の日に送られてきていた。

これで桑子の鼻をへし折ってやる事ができた訳だ。


「よっしゃ!お前ら今日は飲みに連れて行ってやる!

支度しておけよ。」


俺は梅津と事務所当番の数人と飲みに行く事にした。

最近は大原連合の連中も姿を現さない、ほぼ壊滅だ。


「藤村!お前は残れよ。」


「えー!親分勘弁して下さいよ〜。」


藤村はあからさまに拗ねた態度を見せる。


「冗談だよ、お前も来い。」


喜ぶ藤村を見ながら思い出したかのように梅津が俺に

"忠告"する。


「親分、明日はバーベキューの日です。飲み過ぎないようにした方が。」


そうだった。

俺は珍しく秀成から誘いを受けていたのだった。

ただ、祝い事は祝い事だ。そんなもん気にしてたら楽しめない。


「大丈夫だよ、いざとなりゃ明日は"欠席"だよ。」


俺はそう言って笑った。







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