(二)因果応報
荷車を離れること二十間。男の元まであと十間といったところで、源九郎は足を止めた。
「どうした? 早く来いよ」
急かす男に、冷静な口調で指摘する。
「辺りに人の気配がある。交渉は一対一のはずだが、これじゃ話が違う」
「おっと――そりゃあ悪かった」
男はにやりと笑い、おい、と声をかける。すると、あちらこちらの瓦礫の陰から男達が姿を現した。
その数三名。いずれも腕に覚えのある剣士に違いない。それが源九郎に分かるのは、彼らのことを何日も観察していたからだ。
「やれやれ、鹿島の剣士達とはね。あんたら、どこぞの廃村で死んだ筈じゃなかったか?」
「ところがどっこい生きていた、なんて別に不思議じゃなかろうよ。こいつらは鹿島における小狐丸の引き渡し賛成派でな。随分前から俺とは協力関係にあるのさ」
「なるほど。それが鹿島一行全滅の真相というわけか」
いかな腕自慢といえど、不意を突かれればひとたまりもない。内紛を繰り返したという鹿島家ならば、裏切る理由に事欠くまい。
「それにしても、用心深いというか臆病というか……。鼠一匹殺すのにも、剣豪達で袋叩きというわけか」
「や、それはどうだかな」
意味深な笑みを浮かべる男。と、横合いから髭面の鹿島剣士が声を上げる。
「差し出口ながらっ、乱破風情に群れなして当たるは武士の名折れにございます」
「ほー。つまり、どうしたいの?」
「拙者のみにて討ち取りたく!」
「ふぅん若いねぇ。ま、いいよ――やりたきゃやっちゃって」
主従の間で話がついたらしい。髭面は満足気にこちらを向くと、
「乱破よ。その方が働いた狼藉は許しがたい。だが、こうして巫女殿のために死地に臨んだ心意気を汲み、正々堂々剣を交えての決着と致そう」
ひとまず一対一の形に持ち込めたことに、源九郎は安堵する。
元々、敵が複数潜んでいることは想定内。劣勢を挽回するためにも、初手から手持ちの煙玉を全て使って煙幕を張りたいところだが、今は逆風でありそれができない。効果的な煙幕を張る為には、風が丁度良い向きと強さになるまで時間を稼ぐしかないのだ。
裂帛の気合いと共に、髭面が大上段に刀を構えた。
「いざ、尋常に勝負!」
目の覚めるような一撃が繰り出される。
かろうじて受け流した源九郎は、そのまま切り込もうとするが、この狙いは読まれていた。代償は腹への重い蹴り。腰が落ちそうになるが、ここで座り込んでは命取りだ。自ら倒れて後転――どうにか立ち上がる。
そこへ追撃。
とっさに受太刀でしのぐが、一合、二合と防ぐうちに、鍔迫り合いに持ち込まれてしまう。剣技体格とも上手の相手にこれはまずい展開だ。刃金の軋む音とともに、敵の刃がじりじりと近付く。押し切られるのも時間の問題だろう。
この状況を打開するには、取っ組み合いに持ち込むか、引き技を使って反撃するかだが、生憎と付け入る隙も無い。
(ならば作るか)
余所に注意を向けるには、余所見して驚きの声でも上げればいい。要するに「あっ、あれは何だ?」というやつだが、この剛直そうな男なら、案外引っかかってくれるかもしれない。
いざ実行へ。危険を覚悟して敵から目を逸らす。そして、はっと驚愕の表情を、
「何だ……何が起こってる?」
演技でもなんでもなく、源九郎は素で驚いていた。
響く絶叫。
どうやら仲間割れらしい。件の男が次々と鹿島の者共を切り伏せていく。彼らはいずれも源九郎の勝負を見物中で、背後からの攻撃になすすべなく討たれるのみ。
「おのれっ、何の真似だ!」
憤怒の形相で、髭面が背後に向かって吠える。
――隙ありだ。
刀を引くと同時に、源九郎は身体を脇へと滑らせた。
と、力の均衡が崩れ髭面の身体が前に飛び出す。
そこへ迷わず背後から斬りつける。髭面は身を捻って回避――
手遅れだった。
刃は左腕を肩口から切断。脇腹へと食い込んだ。
「がはっ!」
髭面は吐血して、その場に倒れる。
「……勝負あったな」
この重傷では早く楽にしてやるのがせめてもの慈悲というもの。止めを刺すべく刀を振りかぶる源九郎。
だが、それを髭面は残った腕を上げて遮ると、
「待て……話を聞け。あの裏切者と戦うなら心してかかるがよい。鹿島一行が全滅したのは、我らの裏切りだけが理由ではないのだ。奴――多々良監物は妖刀の使い手。まともに戦えば勝ち目はないぞ」
「ひょっとして、奴が鹿島神宮を襲ったという刀狩衆か?」
いかにも、と頷く声には痛恨の念が混じっていた。
「神宮において小狐丸は厳重な封印下にあり、隠し場所すら掴めぬ我々にはどう足掻いても手に入らぬ代物だった。そこで小狐丸が奪われるとの危機感を煽り、外部に持ち出させることにしたのだ。そのために、多々良めに神宮を襲わせたのだが――」
その顛末は既に八重から聞いている。多々良監物は妖刀の力で次々と剣豪達を殺傷した。
「妖刀の力ってのは、どんなものなんだ?」
「それは……確かなことは分からぬ。ただ、奴は執拗に人を欺き虚仮にしようとする。あれは単なる性分というより、何かに憑かれているかのようだった、とだけ言っておこう」
「分かった。参考にしよう」
既に髭面の目は虚ろ。傷口から溢れ出ていた血も、すっかり勢いを失っていた。
「弁解するわけではないが……我らは決して鹿島を裏切ったつもりはない。こうすることがお家の存続に……繋がると信じればこそ……。無論、それで我らの罪が許されるなどとは……。だからこそ……こうして報いを受け……」
そして最後に、彼は息も絶え絶えに訴える。
「後生だ……どうか奴にも報いを!」




