第7話 晴香の聴取
「なんかまだ隠してそうですよね。やっぱりあの女が殺ったんでしょうか」
皐月の事情聴取を行った羽山と山田は、取調室を出て廊下を歩きながら、山田が後頭部を掻きながら羽山に言う。
「死亡推定時刻は十八時から二十時だったっけ?だとしたら夫を殺してから、友達とメシを食べに行ったってことだろ?
殺っておいてすまし顔でメシなんて普通は食べれるもんかね」
羽山の返しに得意げな面持ちで山田は続ける。
「女性はどんな生き物よりも怖いんですよ。どんな秘密があっても何事もないように振る舞えるのが女性ですから。羽山さんはまだまだ女性の事が分かってないですね〜」
「なんでお前がそんな得意げなんだよ。
お前より女性経験は豊富だっての。じゃあ白峰晴香だっけ?居所を調べて話聞くか。
その前に……トイレに行ってから一服してくるわ、その間に調べといてくれ」
人差し指と中指の二本を立てて煙草を吸う仕草をしながら羽山はトイレのある方に消えていく。
「サボるのも程々にして、早く戻ってきてくださいね」
山田は羽山の背中に一声かけてから、
言われた通り白峰晴香の調査に手をつけることにした。
* * *
白峰晴香は午前六時に目が覚めた。
昨日はバーでそこそこお酒を飲んだのに、
朝になると目覚まし時計が鳴ったかのように起きてしまう。
体内時計にはしっかりと時刻が刻み込まれているからだ。
その身体に刻み込まれたものは労働者として、
社畜としての烙印と同じである。
眠気はあるのに頭の中はすっきりとしていた。
今日は日曜日の朝だ。明日は月曜日になって、
また何事もなく職場に行かなければならない。
何かが起きれば、話は別なのだが。
トイレで用を済ませてまた、布団の中に戻ると
そのうち、すっきりとしていた意識は徐々にぼんやりとしてやがて気を失うように瞳を閉じた。
二度寝をして今度は午前十時頃に目が覚めて、
ベッドから起き上がる。
ベッドがある洋室からキッチンを抜けてトイレに入って、また用を済ませる。
1DKのこじんまりとしたマンションに住んでいて、必要最低限の物があれば生きていける私にとっては充分な広さだし、都内にしては破格の家賃なのでここに居座り続けている。
トイレを出てキッチンに向かい、コーヒーメーカーに珈琲豆を入れてボタンを押す。
珈琲が出来上がるまでに洗面台で顔を洗って、コーンフレークを器に入れて牛乳で浸して食べる。
珈琲が出来たのでカップに注いで口に含む。
豆を挽いたばかりなので香りが立っていてとても美味しい。やはり珈琲は豆から挽くのが一番だ。
牛乳を吸って程よく湿ったコーンフレークを口に入れながらいつもの休日が来たのだと考えていた。
「今日は……部屋を掃除するか」
今日の時間潰しはなにをしようかと食べながら考えて出てきたのは部屋掃除といういつもの作業だ。結局は頭が回っていないのだ。
食事を終えてキッチンで食器を洗い、
部屋掃除を始めようとすると室内にインターホンの音が鳴り響いた。
ドアの覗き穴から外を見ると、二人の男性が立っている。
一人の男性が見られていることに気付いているかのように、ドアを開ける前から声を上げる。
「突然すみません。***警察署の者です。少しお時間をいただいてもよろしいでしょうか」
ドアにチェーンをつけたままドアを開けると、
隙間から男性の顔が覗き込む。
「いきなり押しかけてすみません、警察です。
あっ、警察手帳見せた方が安心しますよね。
ちゃんとありますよ……ほら」
無精髭を生やして飄々とした男性は着崩したスーツの内ポケットから警察手帳を開いて見せると、釣られるように相方の男性も警察手帳を見せた。
「ここで立ち話をするのは嫌なので、中に入ってください」
二人の男性の後ろに管理人がいた。管理人に頼んでオートロックを開けてもらったのだろう。
管理人は面倒に巻き込まれたくない様子で、
"なにかありましたら、管理室にいるので言って下さい。では私はこれで……"と逃げるように去っていく。
一度、ドアを閉めてチェーンを外してからドアを開いて刑事達を部屋の中に入れた。
「いやぁ〜気持ちの良いくらいすっきりした部屋ですねぇ。デキる女の部屋って感じ」
「どうぞ、こちらへ」私はダイニングにあるソファーに座るように指示をした。
飄々とした男の軽口はどう返したら良いのか思い浮かばないので、聞こえないふりをしてやり過ごした。
「今、お茶を出しますので」と私が言うと
「いえいえ、お気遣いなく」
冴えない男が即答した。冴えない男はどこか申し訳なさそうにソファーに座るが、飄々とした男は音を立ててどっしりと座っていた。
二杯のお茶をソファーの前の机に置いて、本題に入る。
「あの、お話というのは……」
「その前に自己紹介が遅れました、私は羽山といいます。こっちは山田です」
飄々とした男が話し、次に山田が口を開いた。
「昨夜はどう過ごされていましたか?」
「友達と会って一緒にご飯を食べていました」
「失礼ですが、そのご友人のお名前を伺ってもよろしいですか?」
「皐月です。黒田皐月」
「その黒田皐月さんのご主人が昨夜、自宅で遺体として発見され、黒田皐月さんは殺人の容疑で逮捕、勾留されています」
「えっ?皐月が??」晴香は山田の顔を確かめる。
「うん?意外と驚かれないんですね」羽山が目に力を入れる。
「いや、驚いてはいるんですが情報量が多すぎて混乱してます」
「普通はそうだと思います。黒田皐月さんはご主人に対して何か気になることを言ったりしませんでしたか?」山田が晴香に問いかける。
「皐月から夫婦の仲は良くない。って聞いていましたが、殺意までは感じませんでした。
あくまで愚痴みたいな感じで。あの、皐月が殺ったという証拠はあるんですか?」
「証拠については今、鑑識が調べているところです。夫婦の仲はあまり良くなかったと……
昨夜の十八時から二十時はどう過ごされていましたか?」
「十八時は皐月のマンションの前で待ち合わせして、そこからタクシーで“ビストロフルール”というフランス料理店に行って、
十八時半から予約していたディナーコースをいただいてお店を出たのが二十時ぐらいだったと思います」
「よくお時間を覚えてらっしゃるんですね」
山田が口を挟む。
「ええ、タクシーの中でもう二十時だねって皐月と話していたので」
「死亡推定時刻が十八時から二十時とされていますので、その証言が本当なら殺害は不可能ですね」山田が羽山の顔を見る。
「私が嘘を吐いてるってことですか?その時間帯は私と一緒にいたので殺すことなんて出来ないと思います」
「別にあなたが嘘を吐いているとは思いませんが、こういう仕事をしてるので一人の言うことを間に受けてられないんですよ。色んな角度から見ないとね」
羽山が髭を触りながら得意げに言葉を返す。
「ちなみにご飯を食べてタクシーに乗ってからどうされたんですか?」
「“エミール”というバーで飲んでいたんですが、皐月は義母から帰るようにって言われたみたいで、途中で帰りました。
私はそれからもう少しお酒を飲んで店を出ました」
「分かりました。今日はこんなところですかね。ご協力いただきありがとうございました」
山田が今までの会話の内容を手帳に書き終えると、羽山と山田はソファーから立ち上がる。
玄関の方に歩いていき、ドアを開けて家を出る。
「もしかしたらまた来るかもしれません。では」羽山はさらっと言い残してドアを閉めた。
そして私はすぐに鍵をかけた。




