第50話 犯人の過去⑦
私は“ビストロ フルール”の目の前に立っていた。時刻は十三時になったばかり。
外からは店内に明かりがついていることは確認出来るし、ガタガタと物音がする。
きっと仕込みをしているに違いない。
「すみませ〜ん」ドアは鍵が掛かっておらず、店内にゆっくりと奥まで入っていく。
「あっ、あなたは……」
「白峰晴香です。しつこくてすみません。少しだけお話し出来ませんか?」
店内から出てきたのは奥様だけだった。
ご主人は見当たらないが何処にいったのだろう。
始末するなら一緒の方が良いのに。
「随分、お早いんですね」
そう言いながらコーヒーカップを両手に持って、奥様は近くの席にゆっくりと座った。
座って下さいと、目で合図をされたので奥様と対面するように座るとテーブルの上にホットコーヒーが差し出された。
「ありがとうございます。いただきます」
珈琲はすぐに飲めるぐらいの丁度良い暖かさで香りが立っていて美味しい。
「あの……お早いとは??」
「刑事さんには十五時ってお伝えしたんですが、ご一緒じゃないんですね」
「あっ、そうなんです。刑事さんが仕事で行けそうにないから代わりに行ってくれないか?って連絡があって……無精髭の刑事さんの方から」
必死に笑顔を貼り付けて都合の良い言葉を並び立てた。
話の感じからしてなんとか警察よりも早くお店に着いたみたいで安心した。先に情報を得る事が出来る。
「すみません。時間まで聞かされていなかったので。ご都合が宜しくなければ出直しましょうか?」
「いえ、大丈夫です」
「ありがとうございます。ご主人は……」
晴香が店内の周辺を見回す。
「今、買い出しに行っていて、そろそろ帰ってくると思います。帰ってきてからの方が良いですか?」
「すぐにお話しをお聞きしたいので、お願いします」喰い気味で答えた。
とにかく早く話を聞きたかったし、聞いている内にご主人も帰ってくるだろう。すると、奥様が口を開いて話を始めた。
「あの日、確かにあなたはもう一人の女性とここで食事をしていました。覚えています」
「じゃあ、どうして警察にその事を話さなかったんですか?」
「あなた達がこの店に来た次の日に一人の男性がお店に来たんです」
奥様は思い立ったようにいきなり席を立ってキッチンの中に入っていき、何かを探している。
様子伺いながら、奥様の珈琲の中に睡眠薬を入れてまもなく、奥様はノートを手に持って戻ってきた。
「そうだ、その日は羽山さん達が来てからあなたも話を聞きに来た日です」
奥様は珈琲を飲みながらノートを見て話す。
「その男性が来たのはいつですか?私が来た後に来たんですか??」
「あなたが来た後に来ました……百万円を持って」
晴香の瞳孔がゆっくりと広がっていく。
「じゃあ、やっぱりお金を貰ったから皐月のことを黙ってたんですね」
「本当にすみませんでした」奥様が晴香に向かって頭を下げた。
「頭を上げてください。私はあの日なにがあったのか知りたいだけなんです」
頭を上げてから奥様はあの日の事を話し始める。
「あの日の夜に男性が百万円を持って現れて、アリバイの証人になって欲しいと、そう言われました。
この店は経営が上手くいっていなくて、最近は銀行に借入までしてなんとか続けています。
だから、百万円は私達にとってとても魅力的でした。
でもそれだけの理由では加担する気にはなれなくて何故、百万円まで払ってそんなことをするのか訊いたんです」
「なんて言ってたんですか??」
「あなたと一緒に居た皐月さん?がなにかの犯罪をしていて、あなたはその犯人に仕立て上げられるかもしれないと。
だから私達があなたは一人でこの店に来ていたと証言すれば、あの子に有利な証言になる。
あの子を守ってあげたいからお願いしますと言われて、その姿を見て冗談で言っているのではないのだなと分かりました。
私達はあなたが一人で来たこと事しか証言しない。他は一切関わらないという条件の元で口裏を合わせることにして百万円を受け取りました」
「そ、そうでしたか」
どう返答したら良いのか分からず頭の中が混乱していた。
率直な感想は、何を言っているんだ?という感想しか浮かんで来なかったからだ。
修一さんを殺したのは私で、皐月ではない。
その男は一体、なにを知っているのか何を見たのか全く想像がつかなかった。
男の正体がますます気になるばかりだ。
「その男性って誰なんですか?心当たりが全くなくて。顔写真とか名前とか聞いてないですか??」
「それが全く分からないんです。その男性のこと。顔すらもすでにうろ覚えで」
奥様は次第にうとうとし始めて、首がこくりと傾き据わりが悪くなっていく。
瞬く間に奥様は意識を失って椅子から転げ落ちた。
思っていたよりも早く睡眠薬の効果が現れて驚いたが、一通り聞き出せた気はするが肝心の男の正体に関する情報が一切なかったことはマズい。
この感じだとご主人の方も同じだろう。
本当は二人一緒に眠らせて始末しようと思ったが、ご主人は戻ってこないし話からして急いで殺す必要は無い、殺せる時に殺していく。だからまずは奥様の方から死んでもらう。
あらかじめ店の前に用意しておいた灯油が入ったポリタンクを取りに行って、店内に灯油を撒いた。
灯油の匂いで起きてしまわないように奥様のすぐ近くに撒くのは避けながら満遍なく撒いて火をつけて、逃げるようにお店から離れた。
燃え盛る様子や奥様が逃げ出さないか、ご主人は帰ってきたのか、本当は近くで確認したかったが羽山や大樹と鉢合わせることは避けたかった。
その後、ご主人と羽山がお店に入って火事に巻き込まれたこと。奥様は亡くなったことを知ったのはそれから少し後の事だった。




