第51話 ただの終わり
白峰晴香から事件の全貌を聞いたとき、二人は言葉を失っていた。
「佐々木の殺害からあの放火まで全てあなたがやってたなんて……」
山田は驚きのあまり身体の力が抜けているようだった。
「まぁ、いわかには信じがたいけど、本当なんだろうね」
羽山は自分の無精髭を手のひらでゆっくりと撫でながら言った。
「ってことはあれか、火をつけたのはあなただから、俺はあなたに丸焼きにされそうだったわけだ」
羽山の本音にもジョークにも聞こえる発言に、晴香は一切リアクションせずに真顔のまま聞いている。
「私は死刑ですか?」晴香はぽつりと言葉を落とした。
「殺人に放火と諸々ありますからねぇ〜それはこれから裁判を経て判決が下されます」
「……そうですか。一つ聞いていいですか?皐月はどうしていますか??」
「これから不起訴処分となって釈放されるでしょうね」
何も言わない晴香に、羽山は付け加える。
「悔しいですか?黒田皐月さんが釈放されるのが。そりゃそうですよね。それを阻止したくてあなたはここまでのことをしたんですから」
晴香は羽山と目を合わせたまま微動だにせず無言を貫いた。
* * *
「それがこの二日にあった出来事をまとめると、こんな感じだ」
病室のベッドの上で三島大樹は羽山から真相を聞かされ呆然としている。
「……本当なんですか?晴香が全部一人でやったなんてあり得ない」
「全部一人っていうか、本人が意図しないところ
で宮田が手伝ってたんだけどな」
「だとしても、いっ!!」晴香に刺された箇所から鋭い痛みが走る。
「とりあえず、まだ安静にしとけ。まだやる事が残ってるからそろそろ戻るわ」
羽山はゆっくりと椅子から立ち上がってドアの取手部分に手をかけると三島が口を開いた。
「犯人がすぐ近くにいながら分からなかった俺は刑事として失格ですね」
羽山の足がぴたりと止まる。
「俺も彼女が犯人だと気付くのが遅かった。だからお前は刑事失格なんかじゃないよ。
けどな、不倫をするのは人間として失格だと思うぞ。だからその腹の傷は自業自得だ」
羽山は病室を出てある場所に向かった。
* * *
「……お世話になりました」
拘置所の前で皐月が深くお辞儀をする。
だが心の中では無実の私が何故頭を下げなければならないのか。
しかも全くお世話になっていないし……でも無事に出られたんだ。そんなことは些細なことに感じられる。
私の無実が証明されて本当に嬉しい。檻の中で何度も何度も冤罪が晴れるその日を夢見ては諦めてを繰り返していた。そして今日、それは叶った。
ただ、全てが喜べるわけではなかった。
大樹君の事は勿論、夫を殺害して私に罪をなすりつけたのは晴香だったと羽山刑事に聞かされた。
余りの情報量の多さに頭がパンクしてはち切れそうだったが、私の沢山の質問に対して羽山刑事は一つ一つ丁寧に答えてくれたおかげで今回の事件の内容をなんとか把握する事が出来た。
タクシードライバーの宮田雅之は殺人幇助の罪に問われ、“ビストロ フルール”の店主は一命を取り留めてリハビリを行っているそうだ。
肝心の晴香の事については裁判も含めてこれから進めていくらしい。
頭を上げて拘置所を去ろうとした時、目の前に羽山刑事が現れた。
「この度は、こちらの不手際により、ご迷惑をおかけしてしまい誠に申し訳ございませんでした」
今度は羽山刑事が深くお辞儀をした。
「頭を上げてください。刑事さんのおかげで私の無実が証明されて釈放されたんですから。
こちらこそ本当にご迷惑をおかけしました。そして、ありがとうございます」
私も深くお辞儀をしてから、ずっと気になっていた事を羽山刑事に訊く為に提案した。
「よかったら、少し歩きながらお話しませんか?」
「……勿論、構いませんよ」
羽山刑事は歩き出したので後に続いて私も歩く。どこに向かって歩いているのかは分からない。
「あの……晴香のことなんですけれど」
羽山刑事は具合の悪そうな顔つきをする。
「ええ。最初の取り調べ以降、なにも話さなくなって。面会も全て拒否しています」
「それって、大樹君が晴香に会いに行こうとしてたってことですか?」
「えっ?……まぁそうですね。ちなみに〜アイツとはその後どうなったんですか??」
いつもの飄々とした顔つきに戻ってきた。
「晴香が捕まってから連絡は勿論、こっちには一度も面会に来ていません。
これから目の前に現れてもこっちから振ってやるつもりです。
向こうはもう終わったって思ってるんでしょうけど。せめて"別れよう"とか"終わりにしよう"って一言がないと関係が終わった感じがしなくて。
男ってホントに勝手ですね」
「勝手なのはあなたもですよ」
羽山は皐月の顔をしっかりと見て言った。
「あなたが不貞行為……つまり不倫をしたことも事件に関わってます。一つ言えるのは不倫は法では裁けませんが、確かに存在する大きな罪です。
必ず自分の身に返ってきて最後は破滅します。
だから異性との距離はもう一度改めた方が良いですよ」
皐月には余りにも身に覚えのある説教なので言い返す事などできず、恥ずかしくなってその場から消えたくなった。
「今回の一件でよく身に染みました。羽山さん、本当にありがとうございました。じゃあ私はここで」
「ええ。それじゃあ」
お互いに会釈をしてそれぞれの道に向かって歩き出す。そして、羽山が向かった場所は中華料理店だった。
「いらっしゃい……ってお前だろうなと思ったよ」と店主が新聞を読みながら鬱陶しそうに嬉しそうに声を上げる。
「まぁ、とりあえずいつもの」と笑みを浮かべて言いながら羽山はカウンターの適当な席に座った。




