第48話 犯人の過去⑤
タクシーで回りながら“ビストロフルール”と“エミール”の店員に聞き込みをしたが羽山が言っていた通りの言葉が返って来て唖然とした。
誰が口裏を合わせるように指示したのかヒントすら手に入れられず、その日は帰るしかなかった。
その人間は私が修一さんを殺したことを知っているから、アリバイ作りの為にこのような行動をしているのだろう。
そんな相手なんてどれだけしても想像つかない。
実は殺したところ見られていたのか?どこでバレた?相手になんのメリットがある?
帰りはタクシーには乗らず思案しながら歩いて帰る。この状況を上手く収めようとするなら、その人が黙っていてくれるか、私の手で殺すかのどちらかが出来れば皐月だけが罪を背負って完全犯罪が成立出来るのではないか。
修一さんを殺した時は、私が捕まる可能性は半分だと思っていたが警察はまだ私に辿り着いていない。
もしかしたら……なんて淡い期待を抱いていたが、皐月が逮捕されて報道されてからその期待は濃くなってやがて願いに変わった。
皐月が修一さんを殺したという話題が職場で持ちきりになっていて、同僚が皐月の事を根掘り葉掘り聞こうとしてきた時は頭に血が上って本当に不快な思いをした。
面白半分で外野の人間がこの一件に関わらないで欲しかった。話のネタにされたり嘲笑されるような一件に思われたくない。
なにより皐月のことを馬鹿にして嘲笑うことができるのは私だけ……この世界でたった一人、私だけが皐月をコケにして蔑んでも構わないし許される。
後は肝心の"お節介な奴"を見つけ出す為に行動しなければならないが、幸運な事に情報を持っている若い警察官が職場を訪ねに来た。
名前は三島と言っていたが、羽山よりは扱いやすそうに見えたし上手く転がして有力な情報を得られるかもしれない。
三島に捜査を協力すると伝えた上で、皐月と面会が出来るようにして欲しいとお願いをした。
どれも嘘ではない。
本当に捜査に協力するつもりだったし、皐月の絶望した顔を仕切り板越しに眺めたくて堪らなかった。
修一さん以外の男性と一緒にご飯を食べながら談笑をするのは本当に久しく感じたし、話が弾んで正直、楽しかった。
ずっと想っていた人を自分の手で殺しておいて、間髪入れずに他の男に少しだけ気を許していることが自分でも戸惑ったし、許されることではないと分かっていた。
でも、もし……皐月が犯人ということで世間がこの事件を終わらせたのなら、今度こそ全うに普通の女性として普通の恋愛をして過ごしたい。
そう願ったが、現実はそれを許そうとはしない。
手品師の林田昴に接触して"お節介な奴"の情報を聞き出そうとしたが、それだけでは済まなくなって挙げ句の果てには最悪の結末を迎えてしまった。
林田昴に身体を押し倒されてアタッシュケース越しに取っ組み合いになり、彼の本気とも思える力に身の危険を感じて私も持てる全ての力を出して必死に抗って突き落として殺してしまった。
突き落とすつもりなんて本当に無かったんだ。
人を殺すのは修一さんと"お節介な奴"だけと決めていたのに意図せずにまた罪を犯してしまった。これは人の道を踏み外した罰なのか。
一度でも罪を犯せばそれはついて回って、自分の意思とは関係なく新たな罪に引き寄せられる。
もしも、そうなのだとしたら私は既に一線を越えた側の人間だ。
これから罪を重ねても大したことではないのではないか?そう思えるようになった途端、あらゆる犯罪の手段が私の選択肢に入った。
大樹には本当に殺意は無かったと伝えると、意思を汲んでくれて私が罪に問われることはなかった。
とはいえ、警察が私に対する警戒心を強めたはず。"お節介な奴"を急いで探さなければいけない。
数日後に大樹が佐々木哲也の自宅に行くと言い出した時はようやくそれらしい次の手掛かりが掴めるのではないかと思い、大樹が部屋を出てから尾行を始めた。
大樹は道中で牛丼屋に寄ったりして無駄な時間潰しをさせられたが、尾行はバレずに佐々木哲也の自宅の場所をまんまと教えてくれた。
遠巻きに大樹を見ていると、雨が降り出したのでバッグから折り畳み傘を取り出して傘をさしながら見ていたが大樹はタクシーを捕まえて帰っていく。
それらしい収穫は無かったように見えた。
でも、一度は部屋のドアが開いてなにかを話していたが内容は聞こえなかった。もしかしたら重要なことを話していたかもしれない。
その日の内に解決したかったので、夜に彼を呼び出して探りを入れたが相手はまともに取り合ってくれなかったらしい。
明日に一緒に行ってみないかと言ってみたが、私用を優先して断られてしまった。
だったら一人で佐々木哲也の家に行こうと決めた。その方が色々と都合が良い。
“エミール”が開店する時間帯にタクシーで向かって店の前に着くと早々に佐々木哲也と遭遇した。
鬱陶しそうにしながらも佐々木は何とか店の中に入れてくれて一杯いただきながら、どう切り崩そうか考えつつ、いくつかのやり取りをした。
店内に業者が入ってきたことで会話が途切れ、佐々木はカウンターを離れて業者の元に向かっていく。
カウンター席の椅子には佐々木のバッグが置かれていてポケットには鍵が入っていることが丸見えだった。
佐々木の動きに注意を払いながら鍵を取り出してパンツのポケットに忍ばせる。
それからすぐに店を出る素振りをしてカードを見せた。お会計は現金のみだと知っていながら。
本当は現金を持っていたが、現金が無いので下ろしに行ってくると伝えると佐々木は承知して店の外に出ることができた。
お金が貰えないと店側も困るので、この言い訳は通用するという確信があった。
でも、そう長くは待ってもらえない。
店からそう離れていないところに合鍵の作製が最短五分でやってくれるお店があると事前に調べていたので、急いで向かって佐々木の自宅の鍵を複製した。
予定通り五分ほどで仕上がったので鍵を受け取って駆け足で店に戻らされる。
店に入って椅子に置いたバッグを手に取るタイミングで佐々木のバッグのポケットに鍵を戻した。
この瞬間が最も怪しまれるので上手く出来るのかと一番ドキドキした。
佐々木は勘づく素振りもなく現金を受け取ったので安堵したが、それが表情に出ないように努めてバーから離れて佐々木の自宅に向かった。




