第47話 犯人の過去④
「まさか全く同じハイヒールを買っていたとは思いつきませんでしたよ。
廊下には不特定多数の足跡が検出されていましたが、殺害現場の玄関に残されたゲソ痕(足跡)を元に鑑識は犯人を足跡を割り出しました」
羽山が晴香の顔を見ながら話を続ける。
「貴方がコンクリートの階段で靴を履き替えたのは、コンクリートには足跡が残りにくく不鮮明になると知っていたからですね。鑑識を撹乱する為に」
「ええ、そうです」
「用意周到で本当によく練られていますね」
「……褒めるところじゃないですよ」
山田が口を挟み、返す言葉に戸惑う晴香。
「靴箱からハイヒールを回収して分析したところ、ヒールの底の溝には、このマンションの廊下に使われているワックス以外の汚れが一切ついていませんでした。
黒田皐月が履いていたハイヒールもほぼ新品だったんでしょうね。靴には大抵履いている人のクセやスレが出る。
でもクセやスレがほとんどなく足跡は酷似していたそうです。
ただ、黒田皐月が履いていたハイヒールの底からはアスファルトの細かい石や土の成分が僅かに検出されました。
つまり、酷似した足跡でも石や土の成分がついていない方が貴方の足跡ということです」
「もう一度調べたんですね。ハイヒールを捨てておけば良かった……結局は大樹を刺して捕まえるなら一緒か」
晴香は伏し目がちに言う。
「黒田修一の殺害についてはよく分かりました。その後の事も話していただけますか?」
「……分かりました」
* * *
皐月と合流していつものように食事をしていたが、私の心情はそのいつもとは異なっていた。
目の前の女に夫を殺されたとも知らず、呑気に食事をしている皐月の顔が間抜けに思えたから。
思いつく限りの策と隠蔽は行ったが、所詮は素人だ。どこかに必ず綻びがあるに違いない。
私が逮捕されるか皐月が逮捕される可能性は半々だと考えていた。
もしかしたらこれが最後の晩餐になるかもしれない。そう思うと意外にも食事は喉を通っていつものように食べることができた。
バーに移ってから皐月がお義母さんに呼ばれて慌てて店を出て行く。
焦って駆けていく皐月の背中を見て、長年続いた偽りの友人としての関係は今夜で終わるのだと考えると心が動かされるような思いが募った。
その後はバーテンダーと手品師とそこそこ話が弾んでお酒も進んだ。
今頃、皐月は修一さんのお義母さんと警察の厄介になっているのだろう。
色んな思いが入り混じる気持ちを呑み込むようにお酒を何杯も流し込む。
さすがにバーテンダーからもう飲まない方が良いとまで言われたので、皐月の分も含めて会計を済ませてバーを退店してタクシーを呼んで自宅に帰った。
タクシーに揺られたせいで視界がぐるぐると揺れて、自宅に帰ってすぐトイレで吐いたことは覚えているがその後は意識が飛んだように眠りについた。
目を覚まして朝食を用意しながら皐月を殺人犯として仕立て上げることができたのか、私がしたことはバレていないか心配になったがもう後には引き返せない。
もし、私が殺したことを知られてしまったら警察官が家に来るはずだ。
そして、この部屋ともおさらばする事になる。普段から掃除をしているので特別汚れているわけではないが、部屋掃除をしようと思えた。
いつもは時間潰しも兼ねてしていた掃除も、もしかしたら今日が最後になるかもしれないから。
インターホンの音が鳴ったことで掃除どころではなくなった。
覗き穴から外を見ると、二人の男性が立っている。どうやら警察官が来たみたいだ。
さすがに完全犯罪をすることは素人には無理なんだと諦めがついたが話を聞くと、ただの事情聴取で拍子抜けした。
まだ油断は出来ないが少しだけ安堵してしまった自分がいて、聞きたかった言葉が警察官の口から溢れた。……皐月が逮捕されたのだと。
羽山という警察官から連絡先を聞かれて本当は教えたくなかったが、怪しまれない為にも仕方なく教えてあげるとその日の夜に早速連絡があった。
彼のその言葉はすぐに理解できるものではなく困惑して急激に心拍数が上がる。
私の中でどす黒いなにかが溢れ出るよう感覚に襲われる。
昨日、皐月と一緒に行った“ビストロフルール”と“エミール”の店員に聞き込みをすると、"私一人だけ来店した"と言われたそうだ。
まるで口裏を合わせたように……
今、どういう状況なのか全く分からなかった。私は口裏を合わせてもらうような細工をした覚えが無い。そもそも店員は全くの無関係だ。
それなのに何故、私に有利な証言をしてくれるのか理解が出来ない。
本当はすぐにでもお店に行って話を聞きたいが、今行くと羽山と鉢合わせるかもしれない。
犯人は現場に帰るという言葉があるように、すぐに見に行けば羽山に怪しまれる。
通話を切ってから間隔を空けてタクシーを予約し、お店へと向かった。
誰がこんなことをしたのか知りたくて堪らないという思いと焦燥感で、タクシーの車内でも落ち着くことなどできない。
……場合によってはその"お節介な奴"を殺さなければならないから。全てを隠し通す為に。




