第46話 犯人の過去③
「そういう経緯があったんですね」
羽山が晴香の話を聞きながら相槌を打っていたが、肝心の黒田修一を殺害した方法が聞き出せずやきもきしていた。
「実は貴方と黒田修一さんが使っていた三十九階の部屋にも家宅捜査したんですよ。
つっても管理人に鍵を開けてもらって、俺一人で一通り見ただけなんですけどね。
確かに、殺風景な部屋でした。まるで生活感が無いような。……下駄箱の中を見ました」
晴香が驚きを隠せない表情を見せる。
「じゃあ、もう全部ご存知なんですね」
「大方、検討はついていますが貴方の口から聞くまでは予想でしかない。事件当日のことを詳しく教えて下さい」
そうして続きの話を吐き出すように話始めた。
* * *
今日は特別な日だ。皐月と夕食を摂るから特別なのではない。
私と皐月と修一さん、三人にとって決定的となる特別な日に……
皐月とはタワーマンションの入り口で待ち合わせすることになっている。
今頃上の階にいる皐月は何も知らずメイクをしているのだろう。
タワーマンションの三十九階の部屋に居た私は、白色のスニーカーを履いてビニールの手袋をつけた。そして下駄箱から黒色のハイヒールを取り出し片手に引っかけて部屋を出た。
暁色の空がとても綺麗だが感傷に浸る余裕はない。
四十階へと繋がるコンクリートの階段は玄関のすぐ近くにあり、階段の折り返しの地点で皐月が出てくるはずの扉を凝視していると、しっかりメイクをした皐月が部屋を出てエレベーターの方に向かっていく。
皐月が部屋を出たことを確認してからコンクリートの階段を上り切る直前で、スニーカーを脱いで手に持っていた黒色のハイヒールに履き替えて四十階の長尺シートの廊下を踏む。
このハイヒールは少し窮屈でわずかな痛みが走る。
サイズが合わないのは当たり前だ、何故ならこれは皐月が履いているものと同じサイズだからだ。
そして同じデザインでもある。
今日どんな靴を履くのかそれとなく探りを入れて確認していて、さっき通りすぎた時に確認したが言っていた通り黒のハイヒールを履いていた。
皐月が修一さんと同棲してから何度か部屋に入る機会があったし、鍵も持っているので靴箱にどういった種類の靴があるのか事前に確認していた。
後は、全く同じ靴を買えばいいだけのこと。
さっきの皐月は鍵をかける動作がなかった。
ドアに駆け寄って試しにゆっくりとドアの取手を引くと鍵がかかっておらず開いた。なんて不用心なんだと思いながらも足音に気をつけながらゆっくりと室内に入る。
リビングに明かりがついていて、テレビの音声が僅かに漏れ出ている。
寝室に入ると一緒によく寝ていたベッドの周りには皐月の私物であろう小物が置かれていて、吐き気がしたが堪えて、寝室のクローゼットを開けるとネクタイがかけられていて右端の一本を手に取った。
手に持ったネクタイを小さく畳んでポケットに入れてから、ドアを開けてリビングに入ると修一さんはソファに座ってテレビを見ている。
「……呑気にテレビ見る余裕があるんだね修一さん」
修一は慌てて声のする方に首を曲げる。
「晴香!?なにしに来たんだよ?まずいって」
「なにがまずいの?」
飛び起きるようにソファーから立ち上がりこちらに歩み寄ってくる。
「皐月がもし戻ってきたらどう説明するんだよ。何の為に下の部屋を借りてるんだ。
……今すぐ帰ってくれ、これから母さんが来るんだ。母さんに見られてもまずい」
「丁度良いじゃない。お母さんに離婚するって話しましょうよ、私も隣で話聞いてるから」
修一は途端に口をもごもごとする仕草をする。
「その離婚の事だが、少し待ってくれ」
「ずっと待ってるよ?……なんなら皐月と結婚する前からね!」
語尾の口調が強くなる晴香に驚いて動揺する。
小さな喧嘩は何度かしたが、その時ですら穏やかだった。でも今の晴香の態度は穏やかとはかけ離れていた。
「とりあえず落ち着けって。はぁ……これだから女は」
そう言いながら、ため息をついて心底鬱陶しそうに頭を掻く。
その一言を聞いた瞬間に頭の中がひんやりと冷めていくような感覚に襲われて、無意識にかけていた最後のストッパーが外れ、彼を殺害する決断がついた。
彼を殺すつもりでこの場に来たのは事実だ。でもその一瞬まではどこかで人を……ましては愛していた人を殺めることはいけないと良心が私を立ち止まらせていたが、もう吹っ切れた。
修一さんはどれだけ言葉で取り繕っても同じだ。これからも変わらない。私を選ばない。
私は何故こんな男に貴重な時間を全てを投げ売ったのだろう。奪ったツケは払ってもらわないといけない。
「私と結婚するつもりは最初からなかったってことよね」
「いや、そうじゃなくて今はそのタイミングじゃないってこと。
……今までみたいに下の部屋で会うのはダメなの?そんなに配偶者って肩書きが欲しいのか?
そんなことくだらない事を気にしてるのは女だけだぞ」
「分かりました。もういいです」
「分かったのなら、早く出て行ってくれ」
「その前になにか飲み物を入れてくれない?喉が渇いちゃって」
「えっ?あっ、ああ。なんか入れるよ」
そう言って彼は冷蔵庫の方に向かって歩き出して私の横を平然と通りすぎた。
すぐに背後にまわってポケットからネクタイを取り出し、首に巻きつけて全ての想いと力を込めて絞めつけた。
抵抗されて失敗すれば全てが水の泡になるどころか二度とチャンスは訪れないかもしれない。
ここで仕留めなければならないと考える内に信じられない程の力が湧いてきて強く絞めあげた。
修一さんは呻き声をあげて少しもがいてから、ぱたりと動きが無くなって床に倒れ込んだ。
身体の重みに耐えられず後退さると、仰向けになった修一さんの目と目が合う。
光を失ったその目を見て、絶命したのだと認めた。
案外、呆気ないものなんだなと、殺めたことに対して思っていたよりも精神的な負荷はなかったし気が動転することもなく、死体をネクタイでゆっくりと引っ張りながらリビングの真ん中まで運んだ。
皐月を犯人に仕立てる為にもネクタイは解かずそのままにした。恐らくこのネクタイには皐月の指紋がついている。
修一さんには衣服の使用する順番を決める癖があった。
最近使用したネクタイは右端に置いている。
つまり、そのネクタイは皐月の指紋がついて間もないはず。
だが、これで本当に皐月に罪をなすりつけられるのか途方もない不安が押し寄せて焦燥感に駆られてしまう。
それから床に自分の髪の毛が落ちていないか等、周囲をよく確認してから鍵をかけず逃げるように部屋を退出した。
コンクリートの階段に残した白色のスニーカーに履き替えてから階段を降りて、三十九階の部屋に入り、片手に持った黒色のハイヒールを靴箱に収納した。
付けていたビニールの手袋も部屋で外してゴミ箱に捨ててスマートフォンを確認すると、約束の時間を過ぎていた。
これ以上遅れてしまうと怪しまれてしまうので、黒色のショルダーバッグを片手に持って急いで部屋を出てエレベーターに乗り込む。
エントランスで待ち合わせているのでエレベーターで一階に下りてしまうと具合が悪い。
なのでエレベーターで二階に下り、あとは階段で一階に下りて勝手口から外に出て大回りしてエントランスに向かった。




