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別人  作者: 乾 優弥


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第44話 犯人の過去①

次に取調室の椅子に座ったのは白峰晴香であった。

いつも綺麗に手入れされていた黒髪は乱れてぼさぼさになっており、今まで抱いていた清楚な印象はかけ離れている。


「訊きたいことが多すぎてなにから言えば良いかわからんね」


そう言いながら不細工な苦笑を浮かべる羽山健一が白峰晴香の向かい側に座っている。


「さっき、タクシードライバーの宮田から事の全貌を聞いたんですが宮田と貴方は全くの無関係ということで良いんですよね?」


「……はい」


「まぁ、宮田の方もそう言ってるし話からしてそうなんだろうけど、なにか思うところはないですか?」


「宮田さんは何故私のことを庇うような真似を……事件を隠蔽するようなことをしたんですか?」


俯いていた白峰が顔を上げて目線を合わせる。


「それが話を聞いても動機がイマイチ理解できなくて上手く言葉に出来ないんですが、端的に言えば貴方に歪んだ思いがあったから。ですかね」


「気持ち悪い……」晴香の顔が少しだけ歪んだかと思いきやすぐに元の表情に戻って訊いた。


「羽山さんはどこで私が修一さんを殺した犯人って気が付いたんですか?」


「仕事柄、事件の関係者は全員疑うようにしてるんですが確信したのは……貴方のキーケースを拾った時ですよ」


「……そんなことありましたか?」


視線が逸れて必死に記憶を掘り起こしているみたいだが余りにも些細なことで覚えていないようだった。


「大雨が降って貴方が住んでいるマンションで一緒に雨宿りしたことがあったじゃないですか。

バッグからキーケースを取り出して、オートロックを解錠しようとしたが、手が濡れていてキーケースを地面に落としてしまった。

そしてそれを私が拾った。その時、キーケースに付いていた鍵に目が入ったんです」


「……!?」晴香の瞳孔が大きく開く。


「それは黒田夫婦が住んでいるマンションの鍵と同じデザインでした。

以前に黒田皐月の所持品を確認したことがあったので、そのデザインを見てすぐに思い出しました」


「凄いですね……やっぱり警察官には隠し通せないか」


晴香は憑き物が落ちたように大きく鼻で息を吐いて僅かに微笑んだ。


「鍵の事が分かってからもう一度、黒田修一が亡くなったマンションを調べ直しました。そこでようやくトリックが分かりました……全てを話してくれますか?」


晴香は観念した面持ちでゆっくりと話し始めた。


* * *


私が黒田修一……黒田次長と付き合い始めたのは入社してすぐの事だったと記憶している。

歓迎会で声をかけられたことがきっかけだ。

はっきりと“付き合おう”と口にされたことはないのだが。


修一さんは仕事が出来る人だった。社内で憧れや好意の眼差しで見る女性は少なくなかったし、私もきっとその一人だったのだろう。


入社してから井口皐月とよく話すようになったが、彼女は"女"というものを煮詰めたような性格なので黒田次長と付き合っているとは伝えなかった。

もし伝えでもしたら社内であることないことを噂されるかもしれないからだ。


私は井口皐月の事が嫌いだった。自意識過剰で馴れ馴れしくて、自分がいつも正しいと思い込んでいる。そして私の間に友情があると勘違いしていることが滑稽で目も当てられない。

ただ、私には嫌いなものは嫌いと言える度胸が備わっていないから、嫌いな女性と友情ごっこをズルズルと続けてしまっていた。


修一さんの自宅であるタワーマンションに出入りするようになっていたが、彼は私をアテにして生活の一部として見るようになった。

具体的には家事全般を振られて、私がこなすことが次第に日常になっていく。

それでも、彼が仕事で忙しいことは知っていたし自宅の鍵を渡されたことで信頼されているんだなと思えたから黙ってこなしていた。


ある日、彼のお母さんと一緒に食事をすることがあった。

どこが気に障ったのかは分からないがお母さんに好かれることはなく、むしろ嫌悪されているようだった。

おそらくそれは当たっていてそれ以降彼の態度が冷たくなっていき、ついには浮気をしたのだ。

その浮気相手はよく知っている井口皐月である。


彼女は彼氏である黒田修一と私が付き合っているとは夢にも思わないので、恋バナを嫌というほど聞かされてただテキトーに頷くことが精一杯だった。

恋バナが終わると私がいつ彼氏を作るのかという話題がお決まりのパターンになっていて、一度も行ったことがない街コンに行ったとか虚言でその場を乗り切ることが多かった。


「見て〜新しいヒール履いてきたんだ!」


皐月が片足を上げて見せびらかしてくる。

そのヒールのデザインを思わず二度見してしまった。以前に修一さんからプレゼントしてもらったヒールと全く同じデザインだったから。


「えっ、可愛い。よく似合ってる!黒田次長からプレゼントしてもらったの?」


「ご明察!ヒールがまた増えてシューズボックスがもうパンパン。晴香っていつもスニーカーだよね〜たまにはヒールとか履かないの?」


「背が高いからヒールなんて履いたらより威圧感が出ちゃうからなぁ〜」


(お前と会わない時はヒールしか履いてないわ。むしろお前と会う時の為だけにスニーカーを買ったんだよ。

初対面の時はヒール履いてただろ。その時にお前が"見下してるみたいで怖い"って言ってきたんだろうが。

身長がコンプレックスと言われればそうだが、お前が思ってるほど負い目に感じてねぇよ)


心の中で晴香は皐月を思いきり罵倒した。


それは修一さんと付き合っている皐月に苛立ちを感じていたからである。

その苛立ちはある一件で頂点に達して燃え上がり、やがて灰になるような悪夢が起こった……


修一さんが皐月と結婚するというのだ。

感情を抑えることに必死で、自分がどんな顔で話しを聞いていたのか覚えていない。

二股をしていた事はすでに知っていたと伝えると、動揺していたがすぐに落ち着いて彼は皐月を選ぶと結論を出した。


ただ、彼がそう決めたのなら黙って身を引くだけだ。私はあの女に負けた、それだけのこと。


それから数ヶ月後、井口皐月は黒田皐月へと名前を変えて寿退社した。

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