第43話 犯人の工作④
あの夜から数日後、ラジオを垂れ流しにしていると、黒田皐月が殺人の容疑で逮捕されたという内容が流れてきた。
あの子に関することは一切言及されていないので恐らくはマークされずあの女に罪を上手くなすりつけられたのだろう。
それからは、いつものように白峰晴香を送迎する日常が流れる。これで良いんだ。
退屈だがこんな日が毎日続けば良いのだ。でもそうはならない。
どうやらあの子は事件のことを調べているみたいだ。つまりは俺を探しているのか。
まもなくしてタチの悪いことが起きた。
あの子をバーに送り届けた後にしばらく様子を見ていると、一台の車がクラクションを鳴らして合図を送っている。
あの子はその車の助手席に乗り込んだが車は一向に動こうとしない。
運転席に視線を向けると、若い男性が座っている。
しばらくして二人は車から降りてバーに入ろうとする若い男性に近づいてなにかを話している。
その若い男性に目を凝らすと百万円を渡した若い男の子だった。
話し始めたかと思いきや、急に走り出して追いかけっこが始まったではないか。
慌ててタクシーから降りて後を追いかけたが追いつける訳もなくあっという間に見失ってしまった。
公営住宅……所謂、団地の辺りをうろうろと徘徊してからタクシーに戻ろうとした時に甲高い女性の悲鳴が聞こえて、声のする方に向かった。
団地の壁面から下を見下ろす頭が見えた……あれは白峰晴香だ。
あの子の視線の先を追いかけると、駐輪場の屋根の上から一本の脚がだらんと垂れている。
顔は見えないが状況的に考えてたぶん百万円を渡した男の子なのだろう。
あの子が口封じとかなにかしらの理由で殺したのだと思った。
その場にいることが不味いと考えて逃げてるようにタクシーに向かってその場から離れた。
それからしばらく頭を冷やしてから整理してみると、あの子が事件のことについて調べているのは俺ではなくて関係者を口封じとして消していく為ではないか。
そう思い始めるとそうとしか思えなくなっていく。そんなことをすれば足がついていずれは警察にバレてしまう。
余計なことをしないように警告する必要がある。間接的に上手く伝えられる方法はないのかと考えた結果、まずは投函して様子を見てみることにした。
【いつでもお前を見ている】その一文だけを書いた紙を封筒に入れてあの子の部屋番号に投函した。いつどのタイミングでこの封筒に気付くのかは分からないが、このままあの子に根掘り葉掘り探られるわけにはいかない。
何のためにここまで骨を折ったのか分からなくなるからだ。
その数日後には更に状況は悪化した。
その日は曇天模様だったが、ついに強い雨が降り出してワイパーで水滴を払ってもすぐにフロントガラスに水滴が溜まる。
こんな日は配車予約がフィーバー状態だ。
すぐに予約が入って指定された場所に向かうと年季の入ったアパートの前に長身の男性が見えた。
びしょ濡れの男性をタクシーに乗せて、言われた通りに走らせる。
ルームミラー越しに男性の顔を見ると、以前にバーの近くであの子が乗った車の運転席にいた男だった。
男はスマートフォンを取り出して通話を始める。
「もしもし、俺です。
さっきバーテンダーの佐々木の自宅に言ったんですが、玄関先で交際相手と話している声が聞こえてきまして。
やはり佐々木に口止めをした誰かがいるみたいです。そんな話を聞いたら警察官として黙っていられませんよ」
この男は警察官だったのか。ということはあの子はこいつと組んで事件を追っているということか。だとすると、かなりまずい状況だ。警告が全く効いていない。もっとはっきりと確実に警戒心を植え付けなければならないのか。
しかもバーテンダーって言っていたな……おそらくあのアパートは百万円を渡したバーテンダーの自宅なのだろう。
運転をしながら頭の中では色んなことを考えてそれどころではなかったが、なんとか目的地のマンションに辿り着いて警察官の男を降ろした。
油断をしたつもりはなかったが、事件の後腐れを未だに切れずにいる。そしてあの子にも警鐘を鳴らす全てを穏便に済ませる必要がある。
その日の夜から自由に動ける時は自宅の周辺を注意深く観察しながらあの子の影を探したが見当たらなかった。
そして、その次の日には仕事であったにもかかわらず夜に配車予約が無かった。なら今日は歩いて自宅に帰った可能性が高い。
あの子の帰り道は心得ている。必ずある公園を通って帰る、だから暗闇の公園の中で待ち伏せをした。
影の中に腰を落としてしばらく待っていると、薄暗い街灯がカツカツとヒールが地面を叩く音を鳴らして歩く白峰晴香を照らす。
それからすぐに暗闇に消えてギュッと砂場を踏んだことで大体の居場所に目星がついて急いで駆け寄る。
足音のことなど気にせずに近づいたので気取られてしまい、慌てて片手であの子の口を押さえつけてもう片方の手で私の腕を塞ごうとしたが抵抗されて体制を崩して公園の砂場に倒れ込んだ。
「これ以上余計なことをするな。なにも詮索せずに生きていけ」
彼女の耳元に小声で囁いてすぐに押さえていた身体から離れてその場から逃げた。
あの子からすればこれは恐怖体験のなにものでもない。ここまですれば流石に警戒するだろう。
その思いは虚しく、“エミール”のバーテンダーは殺害され、“ビストロ フルール”は火事になるなど次々と事件が起こった。
* * *
ここまでの話を宮田の口から聞かされたが、羽山と山田はやはり動機が理解できなかった。
なにがそこまで宮田をかき立てたのか、何故メリットがないことをここまで用意周到にやってのけたのか。
宮田に白峰のことが好きだったのか?と訊ねるとそうではないと答えた。
好意が動機であればそれなりに理解できるのだが、そうではないとなるといよいよ分からない。
宮田の歪みすぎた思いはただ二人を不可解な気持ちにさせた。
「全部話したんだ。俺からも質問させてくれ」
「どうした?」
「あの子……白峰晴香はどうしてるんだ?なんか言ってたか?」
「これから取り調べをするから何とも言えないが……」
「なら今話したことはあの子には言わないでくれ。頼む」
宮田は力が抜けたような身体で頭を下げる。
「善処するが、取り調べで必要があれば話す。こればかりは勘弁してくれ」
羽山は淡々と答えて、宮田雅之の取り調べは終わった。




