第41話 犯人の工作②
今日はなんて忙しい日だ。それに俺は何をしているんだ……
タクシーを路上駐車してフロントガラスから見える雑居ビルを眺めながら考えていた。
バーの中の状況を確認したいが店内に入ってしまうと彼女達に見つかってしまう。
それに、彼女達がまだバーにいる確信があった。白峰の傾向からして、どこかに移動するにしても、自宅に帰るにしてもバーを出た後は必ずタクシー呼ぶに違いないからだ。今のところその通知は来ていない。
だから、少し離れた場所から二人が出てくるのを待っている。
問題はバーの中に何人いるか、大勢いた場合は全員を説得するのは不可能だ。
もし、そういう結末を辿るならそれは天のお導きなのだろう。
予想通り、バーから目当ての相手が出てきたが、白峰ではなく黒田が出てきた。しかも一人でだ。あの子はまだ店にいるのか、既に別れたのか全然分からない。
黒田は左右を見回してからどこかを目指すように急に走り出す。
その素振りはタクシーを探しているように見えた。急いでハザードランプを消してシフトレバーをドライブに入れて黒田を追いかける。
黒田がこちらに気付いて手を挙げたので接近して拾い上げると、早口でタワーマンションの住所を言ってきた。
「どこかで聞いたお客さんの声だなと。……って前に乗った時も同じこと言いましたね」
あの子の情報を聞き出したくて声を掛けたが、黒田の反応はほぼなく、深刻な顔つきで座席に深く座り込んで考え事をしているようだった。
もしかしたら、夫に異変があったと知らせがあったのかもしれない。
黒田皐月を自宅のタワーマンションに送り終えると来た道をUターンしてアクセルをふかしながらバーへと急いで向かう最中に新規予約が入り、乗客名が液晶に表示される。
名前は“晴香”と表示されておりあの子のアカウントだ。配車場所はバーの近くなので今、バーから出てタクシーを呼ぼうとしているのだろう。
あの子を送ってからバーに戻って、マスターにお金を持って交渉しようかと思案していると、近くの別の空車タクシーが先にあの子を拾ってしまった。
あの子が店を出た直後に店に入って店内に何人いるのか確認できる。これはこれで好都合かもしれない……アクセルペダルを踏んでタクシーを走らせる。
バーの近くにタクシーを停めて、セカンドバッグを手に恐る恐る店内に足を踏み入れると、バーテンダーと若い男の子の二人がいた。
「いらっしゃいませ」バーテンダーが言う。
「テキーラのショットを」
極力二人に近いカウンターの一席に座って注文した。この後も運転するので飲む気はないが。
「ちょっとお二人さんに訊きたいことがあるんだが……いいかい?」
「なんですか??」バーテンダーと若い男の子の視線を浴びる。
「背が低くて黒髪でバッチリメイクのねーちゃんがさっきまでここに居なかったか?」
「あぁ、ちょっと前にお客さんの隣の席に座ってましたよ。すぐに帰られましたけど、それがどうかしたんですか?」
バーテンダーがテキーラを注いだグラスをカウンターに置きながら言った。
「まあ俺は御守りみたいなもんだ。その子は黒田皐月っていうんだが、ここに居たことを誰かに訊かれても見なかったことにしてくれないか?」
「もしかしてあの人、いいとこのお嬢さんなんすか?身なりがしっかりしててセレブっぽい雰囲気が出てましたけど……
俺は一緒にいた背が高いお姉さんの方がタイプだなぁ〜めちゃくちゃ美人だったし」
若い男の子が身体をこちらに向けてこの話題に好奇心をむき出しにしている。
「まぁ、そこまでじゃないが。
あの子は今、変な事に巻き込まれててな。
見なかったことにしてやるのがあの子にとって一番良いんだよ。だから頼まれてくれないか」
グラスを端に移動させて、セカンドバッグから百万円の束を二つ取り出してカウンターの上に置き、それぞれの目の前に一束ずつ置いた。
二人はそれを見て驚愕したが、目が欲望まみれでギラついている。
「百万円で口を噤んでくれるか?誰に訊かれてもあの子はここに居なかったと証言してくれるならこれを受け取ってくれ」
「そんなのお安い御用ですよ」
二人は少しの間も入れずに百万円の束を手に取る。
正直言ってすぐに条件を飲んでくれたのは驚いた。足元を見られて交渉された時の為に、残りの百万円を出すことも考えていたが出番は無くあっさりと済んでしまった。
「それじゃあ頼むよ……悪いが今はテキーラを飲む気分じゃないんだ。もちろん、お金は払う。いくらだ?」
「それなら必要ないですよ。既にお代はいただいてますから」
バーテンダーが手に持った札束でカウンターの上をトントンと優しく叩く。
ああっ、なるほど。察した宮田は右手を顔の辺りまで上げて別れの仕草を取ってからバーを出た。
バーテンダーの佐々木哲也は宮田が出た後にすぐ店を閉める。
「いや〜なんか今日は超ラッキーっすね。こんな大金をタダ同然で貰えるなんて」
手品師の林田昴はニヤニヤしながら親指で札束の縁をなぞっていじくりまわしている。
「黙ってるだけで百万貰えるなら誰だってそうするだろ。所詮は口約束だ。のらりくらりすれば良いんだよ」
佐々木はニヤニヤしながら百万円をカウンター裏に隠した。
林田は宮田が残した口をつけていないテキーラに手を伸ばして上機嫌にそれを飲んだ。
タクシーの運転席に戻った宮田は張り詰めていた緊張が解けて一気に疲れを感じて冬なのに汗が滲み出る。
二つのお店に監視カメラは無かった。店内に入った時に確認したので確実だ。
あとは口封じが上手くいけば、あの子のアリバイを証明出来るがそれは不確定要素である。
もう少しアリバイを強固にするべく次の策が頭の中にぼんやりといくつか浮かんでくる。
整合性が高くて実現できそうなのはどれかと考えているといつの間にかフロントガラスは霜に覆われていた。




