第40話 犯人の工作①
俺はタクシーの運転手の仕事に務めて長い。
長く務めていると、色々なお客を乗せて色々な事件が起きる。
酔っ払いを乗せて運転中に背後から殴られたこともあれば、ドアを開けた途端に逃げられて無賃乗車されたり、
行き先が決まっていなくて雑談を聞きながらただドライブをしたり、よく利用してくれる常連が出来たり。
特に白峰晴香と黒田修一は本当によく利用してくれる常連だ。黒田の方は顔を覚えてくれているが、白峰の方は俺を全く覚える様子がないのが少し悲しい。
そして、二人の関係性がどういった変化をしてきたのかずっと見てきた。故意に見ようと凝らしていたわけじゃない。狭い車内だ、自然と会話や雰囲気が伝わってくる。
今までの二人を見て感じている率直な感想は、白峰晴香……あの子は黒田修一に何年も弄ばれている。
生涯独身を貫くことになった俺が言うのはおこがましいが、適齢期になった女性と付き合っているなら"結婚"という形で責任を取るのが男ではないだろうか。
古臭いと思われるだろうが、俺が若い時はそういう価値観が当たり前だった。
だから、あの子が可哀想でならなかったが、俺に出来ることは何もない。
対岸から黙って眺めて心の中でリアクションするだけ。
それがずっと続くのだと思っていた、あの日までは。
その日も白峰晴香から配車予約が入り、いつものタワーマンションの前に停車してあの子が来るのを待ったが、約束の時間を過ぎている。
あの子は遅刻癖があって、遅れて来るのはいつものことだ、時間通りに来たのは片手で数えられる程だがそれにしても今日はやけに遅い。
タクシーを降りてエントランスまで様子を見に行ったが、タワマンの中に入ることなんて出来ない。
タクシーに戻って待とうとした時にエントランスのドアが開いて中から人が出てきた。
これ幸いと思い、ドアが閉まる前に足早でエントランスを通り抜ける。
エレベーターに乗ってどの階のボタンを押すか悩んで記憶を辿る。
うろ覚えだが二人はよく四十階がどうとか言っていた気がするが、四十階であの子とばったり会っても具合が悪い。
ただあの子を一目見て、いつも通り遅刻ならそれで良いんだ。
鉢合わせを避ける為に四十一のボタンを押した。
四十一階の通路を歩いて階段を見つけて降りた瞬間に、もの凄い物音が聞こえたのでビクッとして数段上に昇って身を隠す。
一室のドアが勢いよく開いて白峰晴香が出てきたが焦燥した様子で階段を下りて行く。
その様を見て、何となくその部屋で起こったことに察しがついた。
もしかしたら、白峰晴香はタクシーに向かっているかもしれない。タクシーは停まっているのに肝心の運転手がいないのは怪しまれる可能性がある。
体温と心拍数が上がっていくのを感じながら四十一階に戻ってエレベーターに乗り込む。
ただ彼女を見に来ただけなのに、なんでこんなことに巻き込まれているんだとよく分からない焦りに襲われる。
急ぎ足でタクシーに戻ると白峰晴香の姿は見えず、なんとか間に合ったと運転席に座り込んで額の脂汗をティッシュで拭った。
程なくして、白峰晴香は黒田皐月を連れてタクシーの前に現れたので、後部座席のドアを開いて招いた。
彼女の顔色と表情はいつもとは違っていて俺が想像した事と遠からずの事が起こったのだと確信が持てた。
きっと黒田修一を手にかけたのだろう。
そうされても仕方がない男だから特別驚いたりはしない。
ただ、そこまで尽くして結局は自分の手にかけてしまう虚しさとその決断をした哀れな彼女を黙って見ていることはできなかった。
遅刻癖はあるが礼儀正しくて綺麗な女性だ。あんな男に引っかからなければ、別の道で幸せになれただろう。
彼女の人生がこんなにも暗いままなのは本当にもったいない。
それからは気が気ではなくなっていたが彼女達を無事にフレンチのお店に送り届けたが、その後も近くで待機して離れないようにしていた。
すると予想通り彼女達はタクシーを呼んだので、俺がそのオーダーを受けて迎えに行き"二度目の送迎ですね"とワザと声を掛けて偶然を装った。本当は偶然などではないのだが。
声を掛けてもあの子はどこか上の空で反応が薄いように見えたが、言われた通りバーに彼女達を降ろして近くのATMに寄ってからさっきのフレンチのお店に戻ることにした。
何故なら、あの子の……白峰晴香のアリバイ工作をする為に。
「なんですか、この大金は」
ATMで引き出したばかりの百万円の札束を机に置くと、フレンチのお店の夫婦は声を上げた。
「頼む。今日ここで食事をしていた二人組の女性がいただろう。
この先、誰になにを聞かれても背が高い方の女性しか来なかった。そう言ってくれないか?背が高い方の女性の名前は白峰晴香だ」
「ちょっとなにを言ってるのか分かりません。とりあえず、これは受け取れませんから」
主人が机の上にある札束を突き返す。
店内には誰もおらず閑古鳥が鳴いていたが、それは好都合でもあった。
「そういわずに取っておいてくれ。あの子の為なんだ」
「失礼ですが、その白峰さんと貴方はどういった関係ですか?」
「まぁ……保護者みたいなもんだ。黙っててくれるならこのお金は好きに使ってくれて構わない。あんたらが口を噤んでくれる事がこの大金に見合うだけの価値があるんだ」
夫婦の前で頭を下げると奥様が主人に耳打ちをし始めた。
「百万円があれば待ってもらってるところにいくらか返せるじゃないの」
「いくらなんでも怪しすぎるだろ」
「銀行は相手してくれないし、借金は膨らむばかりじゃない。
この百万で返せるところは返して清算すべきよ。このままなにもしないなら本当に潰れてしまうわよ。それで良いの?」
「良いわけないだろ。この店を開くのにお互い苦労したじゃないか……」
「まずは頭を上げて下さい。もう一つ聞いていいですか?なぜ黙る必要があるのですか?理由次第でどうするか決めます」
奥様の方が試すように訊いてきた。
「詳しくは言えませんが彼女は犯罪を犯しています。ただ犯人は白峰じゃない方の女性なんだ。
あの子……白峰は恐らくハメられて警察沙汰に巻き込まれる。俺は犯行の瞬間を見てたんだ。
もし、あの子が警察に逮捕されるようなことがあれば善意の第三者として証言して、出るとこまで出るつもりだ。
要はあんたらにあの子が一人でこの店に来ていたとアリバイの証人になってくれるだけで良いんだ。それがあの子にとって有利な証言になる」
白峰晴香と黒田皐月の立場を逆転させて話をした。
すぐにバレる出まかせを言うよりも、ある程度事実に基づいた話の方が信憑性が増すからだ。
「分かりました。でも白峰さんが一人で来たとしか証言しません。その他は一切関与しません。巻き込まないで下さい」
奥様は腹が決まったような顔つきで百万円の束に手をつけた。主人は諦めたようにため息をつく。
「ありがとうございます。恩に着る……」
再度、頭を下げてお店から出た後はタクシーに戻って自宅へと向かった。
駆けるように自宅のアパートに入って引き出しを開ける。
ATMで限度額まで引き出したので今日はもう引き出せない。
だから貯めていたタンス預金に手を出した。
百万円の束三つを手に取ってセカンドバッグに詰めて急いでタクシーに乗り込み、白峰達が降りた地点まで戻った。




