第4話 嫌な予感
今度は代名詞であるトランプを使ったマジックを披露してくれるそうだ。
手品師は机の上に手をかざしてトランプを扇状に滑らかに展開させる。
「この中から好きなカードを一枚選んで下さい」
手品師と皐月の目があったので皐月は真ん中あたりにあるカードを選んだ。
「そのカードに描かれているスートとナンバーを覚えて、私に見えないように返して下さい」
めくると♡2のカードであり、手品師に見えないように返却する。
すると選んだカードも混ぜて、トランプをシャッフルしてから束に纏め、一番上のカードに手品師の人差し指が置かれる。
「この束から伝わってきます。貴方が引いたのは♡2ですね」
「すご、なんでわかるんですか?」目を大きく開いて皐月が問う。
「凄いのはここからですよ。今から私がトランプの束を人差し指で二回叩くと、さっき選んだカードだけが逆さまになります」
そう言いながら、手品師は人差し指でトランプの束を二回叩いてから扇状に展開する。
扇の中に一枚だけ表裏が逆になっているカードがあり、よく見るとさっき選んだ♡2であった。
「えっ!?なんで?本当に凄いんだけど!」
声を上げたのは皐月ではなく、すぐ近くのソファー席から見ていた若い男女ペアの女性の声であった。
隣にいたパートナーらしき男性もマジックに驚いてはいるが、マジックに釘づけになり興奮している女性がいることに決まりが悪そうな顔をしている。
カウンター席に座っている中年の女性と年老いた男性もカウンター席から離れはしないが、身体を捻ってマジックを鑑賞しており、興味はあるみたいだ。
「では、これが最後のショーになります。
どうぞお楽しみ下さい。
今度は、お隣のお姉さん。
今から私が背を向けるのでその間に好きなカードを一枚選んで下さい。」
晴香を指名して、トランプの束を机の上に置いて、手品師はゆっくりと背を向ける。
そして、束の中から晴香は適当にカードを一枚抜き取った。
「はい。選びました」晴香の声を聞いて、手品師は正面を向く。
「じゃあ、カードを見せて下さい」
♤Kのカードを晴香は手品師に見せると、手品師は話を続けた。
「♤Kですね。では、カードの束をひっくり返して下さい」
晴香は恐る恐る、カードの束をひっくり返すと、束の一番下のカードの柄が露わになり、その柄は晴香が持っている♤Kと同じであった。
「なんで二枚あるの?っていうかなんで同じカードを当てられるの??」
困惑するのは晴香だけではなく、見ていた全員が同じ気持ちを待ち合わせていた。
あまりの手際の良さに拍手することすら忘れてしまっている。
「ショーは以上になります。
ご覧いただきありがとうございました。
ショーにご協力いただいたお姉さま方もありがとうございました。とても助かりました」
手品師の声でショーの終わりを実感した観客達は温かい拍手を送り、手品師はゆっくりと頭を下げる。
「こちらこそありがとうございました。私、手品を見たり体験したりするのは初めてなんですが、とっても楽しかったです。何一つトリックを暴けませんでしたけど」
晴香は目の前にいる手品師に率直な感想を伝え、持っていたカードを返却した。
「本当ですか?楽しんでいただけて、めちゃくちゃ嬉しいです。そう簡単にタネがバレたら即廃業ですよ」手品師は照れ臭そうに頭を掻いた。
「そういえば、バーテンダーの方から無償で手品を披露されていると聞いたんですが、本当にチップとか必要ないんですか?大した額は出せませんが、少しならお支払い出来ますよ」
「まだプロではないのでお代はいただけません。お気持ちだけ有り難く頂戴いたします」
意外にも律儀な対応をした手品師に感服した後、
晴香と皐月は自分が座っていた席に戻る。
「すみません。お手洗いを借りても良いですか?」と皐月がバーテンダーに一声かける。
「ええ、どうぞ。あちらです。」バーテンダーはトイレがある場所を指差し、皐月はその方向に歩いていく。
「じゃあ、いつもので良いか?」
バーテンダーが手品師に話しかけている。
すると、
晴香の隣に手品師が座り「ご馳になります」そう言っている間に手際よく彼のウイスキーが出来上がる。
「さっきはショーに参加していただいて、ありがとうございました。お姉さん美人だなぁって思ってたんで集中するのに苦労しましたよ」
さっきの堅苦しさとは裏腹に気さくな接し方に温度差を感じて晴香は少し、身構えてしまう。
それを察したのか、バーテンダーから横槍が入る。
「お客様が返事に困ってるじゃんかよ。
すみませんね。もし、一銭も受け取らずにマジックのショーでお客さんを満足させたら一杯だけ、おごってやることにしてるんですよ」
「あぁ、だからチップを受け取らなかったんですか。受け取ったら良いお酒飲めないから」
「そうじゃないんですって!」
からかうことで細やかな笑いが起きて、場の雰囲気が柔らかくなると、皐月がお手洗いから帰ってきた。
「ああ!私がいない間になんか良い雰囲気になってる!抜け駆けなんてずるい」
「ずるいって、結婚してるのに良く言うよ」
この状況がなんだか嬉しそうな皐月は席に戻ると、近くでなにかが振動するような音が聞こえた気がした。
もしかしたら、誰かのスマートフォンの通知音かもしれないと自分のショルダーバッグの中を漁ってみるとスマートフォンの画面に何件もの不在着信の履歴が表示されていた。
電話をかけてきた相手を見て、身体が即座に背筋を立てる。
「えっ、やば。お義母さんから何回も着信が来てる」
「すぐ電話をかけたほうが良いよ。私のことは気にしないで」少し動揺している皐月に晴香は配慮した。
皐月は軽く頷き、狼狽した様子で小走りに店のドアに近づく。ドアを通る瞬間にふと振り返って晴香を見ると、手品師達と楽しそうに談笑していた。
店の外に出たので電話をかけようとしたが、手に持ったスマートフォンが振動する。義母の方からまた着信があったのだ。
「もしもし。すみません、お義母さん。お電話に出るのが遅くなってしまいました」
義母は目の前にいないというのに、皐月は頭を下げる所作をしてしまう。
「皐月さん。何回も電話をかけたのに一向に出ない。一体なにをしてたの?」
「友人と夕食を食べて、その時にお酒を呑んだので酔い覚ましに歩いていました。お電話に気づかず申し訳ございません」
皐月は嘘を吐いた。友人と呑んでいたので電話に全く気づきませんでした。なんてとても言えないからだ。
「とにかく、今すぐ家に帰ってきて」
「えっ、お義母さん。私達の家にいらっしゃるんですか?どうかしましたか?」
「いいから、早く戻って来なさい!」
義母は質問には答えずただ怒鳴りつけて、一方的に通話を切られた。普段から気難しい人なのでそういう態度を取られても特に不思議はないが、
なにかがどうにも引っかかるのであった。




