第29話 経過報告
「今、なにしてるの?」晴香からメッセージが届いた。
大樹は自宅に帰ってから、スーツとシャツのお手入れや家事、部屋に飾っている花のお世話等をしていると空には月が出ていて雨はもう止んでいた。
メッセージを返信しようと文字を打っている間にまたメッセージが送られてくる。
「よかったら、今から家で晩酌しない?」
入力していた文字を消して、"いいよ。じゃあいから家に行くね"と、メッセージを送って自宅から出て鍵を閉めた。
晴香のマンションに足を運んで玄関先まで辿り着くと、濡れた折りたたみ傘がドアの隣に引っかかっている。
ドアを開けて部屋の中に入ると、今度は食べ物の強い匂いを感じなかった。
晴香は俺が入ってきたことにすぐ気付いて駆け寄って、照明をつけてくれる。
「おかえり!チューハイかビールしかないけど、どっちにする?」
そう言いながら彼女は来た道を戻ってダイニングの方へ行く。
靴を脱いでから証明を消して彼女の背中を追いかける。
「じゃあビールにしようかな。外に傘があったけど、どこかに行ったの?」
「うん。コンビニにおつまみとか適当に買いに行ったから。大樹が出てからすぐ雨が降り出したよね。濡れなかった?」
冷蔵庫を開いて中の缶ビールを二つ取り出す。
「ちょっと濡れたけどタクシーで帰ったから大丈夫だった」椅子に腰掛けた。
「なら良かった。ビール、グラスに移したほうが良い?」
「いいよそのままで。グラス洗うの面倒くさいじゃん」
缶ビールとコンビニで買った一口ささみフライ、枝豆、砂肝の燻製がテーブルに出揃い晴香も椅子に腰掛ける。
「それじゃあ乾杯!」缶ビールのプルタブを開けて、こつんと互いの缶をぶつけた。
最初に話題を切り出したのは大樹だった。
「今日さ、佐々木さんの家に行ったんだけど。たぶん彼女さん?が出てきてびっくりしたよ」
「ってことは、バーテンダーの佐々木さんには会えなかったの?」
「いや、家の中に佐々木も居たけど追い返されて直接話が訊けなかった」
ぐびぐびと音を鳴らしながら勢いよくビールを飲む。
「直接ってことは間接的には訊けたの?彼女さんに訊いたとか??」
ちびちびと口に含みながらゆっくりビールを飲む晴香。
「そのアパートの壁が薄くてさ、耳をすませば話し声が丸聞こえなんだよ……まぁ盗聴みたいなことをしました」
大樹はどこか恥ずかしそうに悪びれる表情を現した。
「別に良いんじゃない?それで、盗み聞きしてなにか聞けたの??」
晴香が砂肝の燻製を口に入れる。
「やっぱり佐々木も林田と同じように、誰かから金を貰って口止めをされてたみたい。なんとかしてそいつを突き止めないと」
枝豆を口に咥えて押しながら中の豆を口の中に入れていく。
「じゃあ佐々木さんから口止めしてた人の人相を絶対に聞き出さないとね。明日、私も行こうかな。一緒に行かない?」
「ごめん、明日は華道に行こうと思っててさ。今月は一度も行けてなくて。このままだと無駄に月謝代だけ払うことになるから」
「そういえば華道を習ってるって前に言ってたね。それは行った方がいいよ、もったいないし」
大樹にそう言ったものの、晴香の心情は言葉とは裏腹に近い気持ちが渦巻いていた。
少し前までは事件を早く解決したいと言っていたのに、今日は真逆の発言をしている。皐月よりも趣味を優先させるのか。
悪気が無いのは分かっているし、大樹を想う気持ちと少し失望する気持ちが一つに混ざって、もやもやしてすっきりしなかった。
「その華道教室には何時に行くの?」晴香はまたビールを飲む。
「十五時に行くつもり。どうして?」
「ううん。それまでは一緒にいられるかなって」左手で髪をかきあげて耳にかける晴香。
「やっぱり可愛いな晴香は」テーブルの上にある晴香の右手を大樹は大きな手で包み込んだ。
午前六時に一度、目が覚めてトイレを済ませてからベッドに入ると二度寝をしてしまい、午前十時にベッドの上で目を覚める。
首を傾けると大樹はまだ隣で眠っていた。
隣で浅い寝息を立てているのはとても可愛らしい。
大樹の為に朝ごはんを作ってあげようとベッドから出て、部屋着を着ているとその物音で彼が起きてしまった。
「おはよう。ごめん、起こしちゃった?」
「おはよう。今、何時?」大樹は大きなあくびをしている。
「今はね……十時を過ぎたところだよ」
時間を確認して適当な相槌をしながら大樹もベッドから出た。寝ぼけているので足がおぼつかない。
ダイニングで食パンをトースターに入れてから、コーヒーメーカーに珈琲豆を入れてボタンを押す。
その間に大樹は洗面台で顔を洗っていた。洗面台が空いたので今度は入れ替わって私が顔を洗う。
ダイニングに戻るとテーブルにはパンとコーヒーが置かれていた。
大樹が段取りをしてくれていたのだ。
二人でテーブルを囲って朝食を喫する。
「珈琲豆から淹れるとやっぱり違うね!全然香りが違う」
大樹が淹れたてのコーヒーを何度も口に含みながら嬉しそうに言う。
「でしょ?だから私も豆から淹れるほうが好きなの。家では淹れないの??」
「淹れないよ、だって面倒くさいじゃん。いつもペットボトルに入ったコーヒーを買って飲んでるよ」
パリッと焼けた食パンを頬張る大樹。
「意外と大樹ってずぼらなところあるよね。そういえば、今から行く華道教室の名前ってなんていうの?」
私も食パンをサクッと噛む。
「んっ?どうして??」
大樹は咀嚼しながらいつもより低めの声で端的に答えた。普通に名前を言えばいいのに、言おうとはしない。目にも力が入ったようにも感じた。
「なんとなく訊いただけだよ?あっ、そうだ。
お揃いのルームウェア買ったんだけど見てみる?」
私の方がその雰囲気に耐えられなくて瞬時に話題を切り替えてしまった。
彼は華道教室から帰ってから見ると言って、その後は明日から仕事だねとか、たわいもない会話をしながら朝食を済ませて、お互いにスマートフォンと睨めっこをする沈黙の時間が流れる。
そして彼は支度があるから自宅に戻ると言って十二時頃に出掛けていった。




