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別人  作者: 乾 優弥


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第27話 次の一手

「しっかし、変な奴もいるもんだな」


ベッドの上で三島が天井を見つめながら話す。


「変な奴をどうにかするのが貴方の仕事でしょ?

なんとか出来ないの??」


大樹の隣でくつろぐ晴香が言う。


「近くに交番があったはずだから、連絡しとくよ。あとはマンションの管理人にもそれとなく言っとく。もしなにかあったらすぐに連絡して」


相槌を打って彼の腕の中に顔を収めた。それから彼は身体を横にして私を心地良い強さで抱きしめる。


この日を境に、私は彼を三島さんではなく大樹と呼ぶことにした。




林田昴が亡くなってから二、三日が経過したある日、羽山刑事は事務作業をしていた大樹の机の元へ向かった。


「おう、ちょっと話せるか?林田のことが少し分かったぞ」


大樹は顔を羽山の方に傾けて目を見開く。すぐに椅子から立ち上がって二人きりになれる場所に移った。


「林田昴ってのは道楽者で金を湯水のように使って色んなところに借金してたらしい」


胸ポケットから煙草を取り出そうとしたが、切らしていることを思い出して少し落ち込みながら話す羽山。


「それが、黒田修一の事件となにか関係があるんですか?」三島は食い気味に質問する。


「まだ完全には繋がっていないが、気になる点が現れた。ここ最近になって、林田は借金をしていた何人かには返済したらしい。

"借金は踏み倒すと思っていたのにちゃんと返してくれたのは意外だったけど、どこから捻出したお金なんだろう"

って林田の元サヤが呟いていたよ。そして金を返した日付は黒田修一の事件の直後だ」


「それってまさか!?」


「林田に口止めをした人間が口止め料として金を渡したんだろ。だから、金を返せた。

この仮説が合ってるなら、他のしらばっくれてる連中も同じように金を貰ってるに違いない」


「晴……白峰さんから聞いたんですが、フレンチのお店のご夫婦が銀行で融資の話をしていたのをたまたま見たそうです」


何日か前に晴香から教えてもらっていたので、その内容が紐づいた瞬間だった。


「そうか。だったら尚更、連中がクサくなってきたな。あのご夫妻も金に困っていて、金を貰った代わりに口を噤んだと……金を払った奴は何故そんなことをする必要があったんだ?

それはそれとして、なんでその情報を俺に教えてくれなかったんだ?」


「いや、俺も本当に最近聞いた話なんですよ。すみません遅くなっちゃって」大樹は咄嗟に頭の後ろに手を添えた。


「まぁ、いいんだけどさ。問題は他の連中の口をどうやって割らせるかだな……なにか良い方法、思いつかないか?」


「口座の入出金の履歴を確認して、何か気にところがあればそれをダシにして聞き込みをするとか」


「任意でそこまで教えてくれるとは思わんけどなぁ」


羽山は無精髭を引っ張って、抜けた数本の毛を風に乗せて散らす。


「調べていただいてありがとうございました!あとは張り込みでも何でもして、手掛かりを掴んで見せます。

少しずつですけど前には進んでいるので必ず解決出来ます!」


羽山によく見えるようにガッツポーズを大袈裟にする。


「俺も、もう少し調べてみるわ。なにか分かったらお互い連絡しよう」そう言い残して羽山は大樹の的を離れた。




大樹は退勤して、真っ直ぐ自宅に帰らずに晴香のマンションに寄って行く。

晴香を呼び出す必要もなくオートロックを解除する。晴香から合鍵を貰っているからだ。


エレベーターで晴香が居る部屋に向かい、ドアの鍵穴に合鍵を差し込んで回すと解錠される。鍵の形も回した感触もまだ手に馴染んでいないがその内慣れるだろう。


ドアを開けて部屋に足を踏み入れると、鰹出汁のような良い匂いが漂ってくる。

ドアが閉まる音に気付いて、晴香が玄関まで足早に迎えに来てくれた。


「おかえり!私もさっき帰ってきたばかりだから、大したものは作れてないけどテキトーに作ったから早く食べよ?」


晴香が微笑みながら話しかける。その微笑みは天使のような笑みに見えた。


相槌を打ちながら靴を脱いで、首元に強く締めたネクタイを緩めながらダイニングに進む。

ダイニングテーブルには鍋焼きうどんが二つ用意されていた。

湯気が立ち上がってぐつぐつと煮込まれたうどんを見て食欲が刺激されていく。


それから手を洗って二人でテーブルを囲んでうどんを食べる。

うどんを啜ってから出汁を飲むと、上品で強い旨味が口の中に広がって思わず驚いた。


「えっ?出汁が滅茶苦茶美味しい!もうお店の味じゃん」


「昆布と鰹の一番出汁を引いたからね〜」


晴香は顎を少し上げて得意げな顔つきになる。


「そりゃあ美味しいわけだ。でもそんなに手間かけて、無理してない?」


「無理してないよ?私がやりたくてやってるだけだから、歳下が変な気遣いしないの!」


晴香は俺よりも年が四歳ほど離れているので、

姉御っぽい振る舞いをしようとする時がちらほらと増えてきた。

俺からすればそれこそが変な気遣いなのだが、本人がしたいなら気の済むまでやらせよう。


「ところでさ、明日は仕事休みだよね?良かったら……」晴香が言い終える前に大樹が口を開く。


「明日は休みだけど、事件の捜査をしようと思う。一日でも早く黒田さんの無実を証明しないと」


「そうだよね。私にも手伝えることはない?」


晴香は笑みを崩して真面目な顔つきになった。


彼女がなにを言おうとしていたのか、大方検討がつく。二人でどこかに出掛けないか?と言いたかったのだろう。

俺だって本当はそうしたい。でも今はそうするわけにはいかない。


「明日のお昼頃に“エミール”のオーナーの自宅に行ってみようと思う」


「んっ?オーナー??」晴香もうどんを啜りながら考えるが、頭の中から出てこないので眉間に皺を寄せている。


「オーナーって言うよりバーテンダーって言った方が晴香はピンと来るよね。確か名前は“佐々木哲也”だったような」


晴香はバーテンダーと聞いて納得したような表情を見せて咀嚼を続ける。


「じゃあ明日は私も一緒について行っていい?」


「いや……今回は俺一人で行ってくるよ。"前みたい"になるのは晴香にとっても良くないし」


"前みたい"と言われて林田の事故死の状況が頭の中でフラッシュバックして蘇る。

皐月を助けたいのは私も同じで、なにかを手伝いたい気持ちでいっぱいだったが、ぐっと堪えて大樹に譲った。


「じゃあ……私の分までお願いね」


「おう。絶対に手掛かりを見つけてくる!」


二人の鍋は既に空になっていた。

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