第24話 思わぬ収穫
中華料理店の店主はドアの開く音でお客さんに気づき、"いらっしゃいませ"と発しながら客がどんな顔なのか伺った。
店に入って来た三島大樹を見て店主は落胆した上に、"なんだお前かよ"と悪態をついたが、
すぐ後に大樹とさして変わらない身長をした長身の女性が後から入ってきて思わず二度見をする。まさかこの店に女性を連れてやって来るとは思わなかったからだ。
「テキトーな所に座ってもいいですか?」
大樹は店主に聞くが、どこか動揺したような返事しか返って来ない。
とりあえず近くにあった四人用のテーブル席に腰掛けると、晴香も合わせて大樹の真向かいの席に腰掛けて隣の席に花束を置いた。
大抵の客はカウンターに座るので、厨房から氷水が入ったコップを渡せるがテーブル席はそうもいかないので、店主がコップを両手に持ち、大樹達の前に持って行った。
「こんなとこに彼女を連れてくるなんて、飯屋を選ぶセンスねえなぁ。お前」と言いながらコップを机にこつんと置く。
「彼女じゃないです」
二人の声が重なって否定する。なんとなく気まずくなって、晴香の方がコップに唇をつける。
「じゃあ俺は焼飯定食で」
大樹の注文を聞いた店主の視線が晴香に向けられる。視線を感じてどきりとした。
まさか今、この瞬間に注文しないといけないのか?まだメニューも見ていないのに。
壁に貼られている色褪せたメニュー表を必死に眺めたがメニューが多くて絞り込めない。
目に留まった天津飯の文字を早口で注文すると、店主は厨房に戻り調理を始めた。
「今日の夜からバーを張り込みしようと思うんです」大樹が唐突に話を切り出す。
「えっ?今日ですか??」
「今日の夜は時間が空きそうなので今日しかないです。それに一刻も早く黒田さんの無実を証明しないと」
「そうですよね。私はこれから用事があって、それが終わったら合流してもいいですか?」
「えっ、白峰さんがですか?でも張り込みは深夜になるし明日の仕事に影響出るんじゃないですか??」
「大丈夫です。皐月の為にも、なりふり構ってられないですから」
「はい、ごめんねぇ」
焼飯定食と天津飯を持ってきた店主が話に割って入り、机の上に置く。
天津飯にレンゲを入れて掬い上げると、油を吸って膨らんだ卵の柔らかさがレンゲから伝わってくる。
そのまま口に運ぶと白米と柔らかい卵、そして甘辛い餡が絡まって絶妙な美味しさが口の中で広がった。
「ん〜美味しい!今まで食べた天津飯と全然違う!!」
そう言いながら大樹の顔を見ると、得意げな顔つきになっていた。
「でしょ〜?このお店、上司に教えてもらったんですけど、どれも美味しいんですよ。
餃子と唐揚げも美味しいので食べてみて下さい」
焼飯定食に付いている餃子と唐揚げを一つずつ小鉢に入れて渡してくれた。
どちらもお墨付きなだけあって本当に美味くて笑みが溢れてしまう。
何気なく三島さんを見ると笑顔になっていたので、何故か同じ笑顔になる。
食べ終わって少し雑談をしてから席を立ち、お会計をした。
三島さんはまた奢ってくれるつもりだったみたいだが、前回もお金を出してくれているのでさすがに気負いして今回は私がお金を払った。
彼は何度かお礼を言ってくれたが、花束も貰っているのでおあいこですよ。と伝えて負い目を感じさせないように努めた。
「それじゃあ、バーの“エミール”の前に集合ですね。用事を済ませたら連絡します」
三島さんと約束をして中華料理店の前で一旦別れる。
私は用事を済ませる為にいつも利用している銀行に駆け足で立ち寄った。
営業終了時間の十五時にはなんとか間に合ってホッとする。
窓口にある整理券を取って番号を見ると四十九番と印字されている。
軽く息を整えてから後方にある椅子に座って、三島さんから貰った花をゆっくりと眺めていると、応接室の扉が開いて男性が気難しい顔を浮かべながら出てきた。
男性は私の座っている席の二列前に座っている女性に近づいて行ってなにかを話し始めた。
前の列には誰も座っていないので二人の姿がよく見える。距離の近さからみて、恐らく親しい間柄なのだろう。
声は途切れ途切れにしか聞こえないが、
駄目だったとか、今は大丈夫だがすぐ失くなるとか、そういった言葉が断続して耳に届いた。
それからいくつか会話をしてから二人が立ち上がった時に、身体をぐるっと曲げたことで女性の横顔が視界に入ってきた。
その女性の顔をどこかで見たような気がしたが全く思い出せない。
記憶の引き出しをまばらに開けていると、
"四十九番の方"そう窓口から呼ぶ声が聞こえてきたので私は窓口のほうに向かった。
わざわざ銀行に立ち寄ったのはキャッシュカードが磁気不良になったので再発行してもらう必要があったからだ。
再発行の手続きを済ませて、銀行から出る。
中途半端な時間なので一度、自宅に帰ろうかと考えて足を動かす。
カツカツとヒールの踵が地面を打つ足音を鳴らしながら歩いていると、ふと足が止まった。
銀行で見た女性の顔が記憶の中にある顔と結びついた……“ビストロ フルール”の奥様だ!
銀行の応接室で話す内容の大半は融資とかの類のイメージがある。
ご主人の顔ははっきりと思い出せないが応接室に入っていたのはたぶんご主人の可能性が高い。
もしかしたら、銀行にお金を借りようしていたのではないか?
もしかしたら、飲食店の経営が上手く回ってなくて銀行に融資してもらおうとしたのではないか?
どこまで行っても憶測の域を出ないが、そう考えていく内にもう、そうとしか考えられなくなってきた。
この事が皐月の件と関係が無いとは思えない。
あれこれ考えていると、背後から年老いた男性がぶつかってきて現実に引き戻される。
男性は私の顔を見て、ぶつぶつ言いながら去って行く。
言い返してやろうかと思ったが、道に突っ立っている私に文句を言いたいことはなんとなく分かったし、自分にも落ち度があると自覚していたのでその場はなにもせずに収めた。
それからも考え事に耽りながら歩いていくとすぐ自宅に着いてしまった。
普段なら長く感じる距離も今回ばかりはとても短く感じる。
家の中で洗濯などを済ませてから少し休憩をしていると陽が完全に落ちて暗闇に包まれる。
スマートフォンで時刻を見ると、もう二十時を過ぎていたので三島さんが待っている“エミール”に行く支度を済ませスニーカーを履いて家を出た。




