第23話 小さな花束を
皐月からその刑事は一体どんな人なのかと訊かれて、ありのまま答えようとしたが、三島さんの言葉が脳裏をかすめた。
面会室に入る前に三島さんから、
"自分は極秘で動いているので、くれぐれも名前は出さないように"と念を押されている。
元々、皐月の事件の担当は羽山刑事なので彼が引き続き捜査している程で話を進めることではぐらかす。
「結構髭が生えたおじさんで、ちょっと頼りない感じなんだけど。その人と一緒に調べてる」
皐月は羽山刑事の人物像を聞いて、落胆したようにも見えたし、納得しているようにも見えた。
恐らく面識があるのだろう。
それよりも、私が刑事と一緒に事件を調べていることに驚いていた。
「えっ?晴香も警察と一緒に調べてるの??」
「もちろんだよ。私もあの場にいたし、皐月が修一さんを殺してないことは私が一番よく知ってる。
なのに皐月が犯人として捕まって、この事件はおしまいって言われても納得できないし。
真犯人は今も捕まらずに何食わぬ顔をして、この街を歩いてるって考えたら許せない」
「晴香……ありがとう」
「初公判の前には真犯人を突き止めようって話してて。だから必ず真犯人を捕まえるから。もう少しだけ待って」
「うん。分かった、ありがとう晴香」
皐月はとても柔和な笑顔を見せてくれた。
もっと話をしたかったが職員から面会時間は終わりだと告げられてしまう。
皐月は面会室に入った時よりも明るい雰囲気に変わっていて、少し余裕を持てるようになったのか部屋から出る時も、"衣類のことお願いね。"
なんてよく知っているテンションで話していたし、皐月の精神状態が正常なことが分かっただけでも安心できた。しかし、その状態がいつまで持つかは分からない。
一刻も早く真犯人を捕まえないといけないと再認識した。
受付に戻ると、三島さんが立ったまま首をぐるっと回しながら待っていた。側から見ると疲れていることがよく分かる。
私が戻ってきたことに気付くとこっちに駆け寄ってきてすぐに口を開く。
「どうでしたか?皐月さんの感じは」
「最初は元気がなかったけど、話してる内に元気になって。思っていたより大丈夫そうでした」
「そうですか、それは良かった。それと、警察のことについてなにか聞かれませんでしたか?」
「どういう刑事と一緒に捜査してるのか?って聞かれましたけど、三島さんのことは伏せておきました」
「そうでしたか……すみません、変な気を遣わせてしまって」
軽く頭を下げた三島さんの表情がどこか安心したように見えた。
「いえ、こちらこそ。なにからなにまで段取りしてもらってありがとうございました。それじゃあ、私はこれで」
そう言って拘置所を去ろうとすると、彼の声に引き留められた。
「もし、これからお時間があるならお昼ご飯食べに行きませんか?食べながら今後のことを話しましょう」
彼の言葉は皐月のことを口実にして、ご飯に行くことが本命ではないのかと刹那に頭をよぎったが、それは気のせいして、良いですよと軽くうなづく。
二人で拘置所から出ると、まるで行き先を決めているかのように、独りでにそそくさと歩き出す。
黙って背中を追いかけたが、次第に行き先が気になって訊いてみると、この先に美味しい中華料理店があるんだと無邪気に答えるだけだった。
どうして勝手にお店を決めているのか。
普通はどういうタイプの料理が食べたいですか?って訊くのがセオリーではないだろうか。
歩幅を合わせずつかつかと不規則な歩幅で先を歩いて行く。
しかも、一度も振り返って私を見ない。
私が着いてきているのか気にならないのか?心の中でひっそりと彼を減点した。
早歩きをして距離を詰めたかと思えば、彼は急に足を止めた。
「あっ、サンカヨウだ!」と、花を指差して嬉しそうに言っている。
指を差したほうに視線を向けると、花屋に展示されている白い花があった。
サンカヨウ?と私が首を傾げていると、それが一体どんな花なのか説明してくれた。
「サンカヨウは普段は白い花びらなんですが、雨とかで花びらが濡れると、濡れたところが透明になるんですよ。透明の花びらってなんかイイでしょ??」
「へぇ〜そんな花もあるんだ。っていうかよく知ってますね」
「実は華道教室に通ってるんですよ。通い出してから色んな花を知るようになったし、調べるようになりました」
「華道ってなんかお上品な感じがしますけど……なんか三島さんっぽくないですね」
堪えるつもりだったが、つい笑いが込み上げてきて抑えきれず吹き出してしまった。
「うわ、酷い!人を見た目で判断するなんて!」
三島さんも笑う私を見て、怒るどころか同じように笑ってくれる。
「すみません。堪えてたんですけど、想像したらやっぱり笑っちゃいました」
「普段、華道なんかやらなさそうな俺がやるから、ギャップがあって良いんじゃないですか。……そうだ、ちょっと待っててください」
サンカヨウを手に取って花屋の中に入って行く。
それからすぐに彼が花屋から出てくると、サンカヨウは小さな花束に変わっていた。
「これもなにかの縁だと思いますのでこれ、記念にプレゼント」
花束を私に手渡そうとしてくれたが、家に花瓶すら持たない程、花には無頓着な私が本当に貰っても良いのかと躊躇って受け取る手を出し渋る。
「すみません。私、花に全然詳しくないし生けたりしたこともないので、こんな珍しい花を貰うのはもったいないです」
「いやいや、こういうのは気持ちの問題だから!」
ぐいっと強引に花束を渡されて反射的に手が受け取ってしまう。
お礼は伝えたが、正直言って反応に困ってしまい、思わず片手で眉毛を掻く。
花束を渡せたことに彼は満足したのか嬉しそうにまた歩き出す。
さっきまで困っていた気持ちは徐々に嬉しい気持ちに少しずつ変わっていった。
花束を貰って嬉しくなかったのかと訊かれたら、そうではないと自覚したからだ。
小さな花束を片手に抱えて、どんな花瓶を買おうか思案しながら三島さんとの距離を詰めていく。
それからまた、少し歩いたが今度は歩幅が合っているような気がしたが、それは私が合わせたのか彼が合わせたのかは分からない。
そのうち、色褪せて味のある外観をした中華料理店が目と鼻の先の距離までにきた。
辺りには他の中華料理屋はないということはあのお店に入るのだろうと察しがついた。
「ここです!ここはどれを頼んでも美味しいですから。入りましょう」
ガタガタと音を鳴らながら滑りの悪いドアをスライドして店内に入る。




