第17話 選手交代
「ちょ…ちょっと待って下さいよ!黒田皐月が起訴されるって正気ですか!?」
朝早くに三島大樹の大きな声が署内に響き渡る。
「ちょっと……お前こっちに来い」
三島が大声を出して周囲の視線がこちらに向けられたので、羽山は人気のないところに三島を誘導する。
「だって仕方ないだろ。証拠があれだけ揃ってるんだから」
完全に目が覚めていないテンションの羽山が面倒くさそうに答える。
「調書も全部、目を通しましたよ。確かにそれらしい証拠は出揃っているかもしれない。
でも、なにか引っかからないんですか?」
三島の言葉を羽山がすくいあげる。
「なんだよ、なにに引っかかるってんだ?」
「それは……刑事の勘ってやつですよ!」
自分と同じ漠然とした理由でなにかに引っかかっている三島に羽山は同調を感じた。
「まぁ、俺としてもなにも引っかからないわけじゃない。ただこの件はもう俺達の手を離れてる。白峰晴香が黒田皐月を庇う為にすぐバレる嘘を吐いたなら引っかかる点も合点がいく……ちょっと強引な合点だがな。とにかく、表立って終わったことを蒸し返すのは出来ない」
「勿論、一人で調べるつもりですよ」
三島は得意げな顔つきで羽山に意気込む。
「それじゃあお前、今抱えてるヤマ(事件)はどうするんだ」
「仕事をほったらかすつもりはないので、なんとか時間を作って調べるつもりです」
明確なことは分からないが三島から
どうしてもこの事件に隠れた謎を解き明かしたいという強い意志が感じられた。
羽山は三島の強い意志を無碍には出来なかった。
「よし、分かった。
ただし、これは約束してくれ。
誰にも勘づかれるんじゃないぞ。面倒くさいことになるからな。俺も手が空いたら手伝う」
「はい!分かりました!!」
公には出来ないが、捜査をしても良いと羽山に言ってもらえたことが嬉しくて三島は鼻の穴を膨らませながら口角が上がる。
羽山としても、三島の探究心が見てとれることに嬉しく思う気持ちが芽生えていた。
元々、この事件について個人的にもう少し捜査しようか迷っていた矢先に、三島から提案があったことが意外でもあり自分が引っかかっていたことは勘違いではなかったと思えた。
最近、配属される若い子達を見ていても警察官という仕事に対して熱意を感じられないことが多い。
この道に入った理由を聞いても公務員だから安定していて良いと思ったからとか、
警察官という肩書きがあればモテるからとか、
なんとなく入ってみたとか理由すら無い子もいた。
だからこそ、このヤマ(事件)は三島に任せても問題が無いだろうだと判断した。
「まずはどこからあたってみるつもりだ?」
羽山が自分の無精髭を触りながら三島に問いかけた。
「友人の白峰晴香に会ってもう一度話を聞くつもりです。早速行ってきます!」
三島はそう言いながら身体を動かし始めた。
まるでエンジンがかかった車のように徐々に動き始めてやがて走り出す。
* * *
三島大樹は社用車に乗り込み、勢いよくドアを閉める。まずは白峰晴香に会う為に、勤めている職場に向かおうと思案してハンドルを切る。
車を走らせていると、徐々に混み出してとうとう渋滞に嵌ってしまった。
ほんの少しずつ前進しているが渋滞は中々解消されそうにないので、脇道に逸れることが出来そうな道を見つけると左折して脇道に入っていく。
すっかり住宅街に迷い込んでしまい、車のナビを見ながら徐行して進んでいく。
大人しく渋滞を待っていれば良かったかもしれないと後悔していると公園が見えてきた。
その公園にチャイルドシートがついた電動アシスト付き自転車が倒れていて、すぐそばに子どもがしゃがみ込んで泣いている。
車が邪魔にならないように、道の端に寄せながら停めて泣いている子どもの元に向かった。
「ぼく!大丈夫か??」
子どもは男の子で身体の所々には砂がついている。子どもは小さい声でなにか言ったが聞き取れなかった。
「なにがあった?お母さんはどうした」
「ママが……走って行った」と子どもはある方角を指差した。
「ちょっと、これ借りるね!」
子どもに一声かけて倒れている自転車を起こして跨いだ。
ペダルを漕ぐと電動アシストが入って、
勢いよく自転車が動き出したことに驚いた。
こりゃあ、自転車の事故が減らない訳だ。と勝手に納得しながら子ども指差した方向に走り出す。
自転車を漕いでいると、「おい!待てこら!!」と叫ぶ女性の声が聞こえてくる。
声がした方に向いてペダルを漕いでいくと、
金髪の女性が荷物を持った男性を追いかけているのが視界に入ってきた。
状況的にひったくりと判断して、全力でペダルを漕いで女性を追い越し、自転車で男性を轢く勢いで男性に接触した。
逃げている男性は背後から大きな音がして振り返ると自転車が突進してきそうで、咄嗟に避けようとしたが体制を崩して背中が地面についてしまった。
「もう逃げらんねぇぞ!」
三島は自転車から降りてポケットから手錠を出し、倒れている男性の手首を掴んで輪をかける。
三島が息を整えていると、背後から
「ありがとうございました」という女性の声がした。振り返ると、さっき叫びながら男性を追いかけていた金髪の女性が追いついてきていた。
「こいつ、自転車のカゴに置いてた私のバッグを盗んだんっすよ」と男性の横にあるバッグを女性が持ち上げてついでに、男性に蹴りを入れる。
「ちょっと!蹴らないで下さいよ。
今から近くにいる仲間にこっちに来るよう伝えるので、詳しい話を聞かせてもらってもいいっすか?」
「一応、警察官です」ジャケットの内ポケットから警察手帳を金髪の女性に見せると
「詳しい話はそいつから聞けばいいんじゃないですか?」とあっさり返される。
「それもそうだな」と考えて、捕まえた男性を見ると身なりが小汚いし、独特な異臭もあった。
観念したのか逃げる素振りも見せない。
「なんでこの人のバッグを盗んだんだ?」と小汚い男性に聞くと、
「……金が無くて食うもんにも困ってたから中の財布を盗むつもりでバッグを狙った」
小汚い男性はボソっと呟いた。
「金がないのはこっちも同じなんだよ!」
金髪の女性が小汚い男性を怒鳴りつける。
その後に女性の方にも状況を聞くと……
子どもと公園で遊んでいると、停めていた自転車のカゴからバッグを取って逃げていく男性が見えたので咄嗟に追いかけて今に至るのだそう。
一通りの話を聞いたところで、さっき呼んだ応援がパトカーと共に到着した。
事の経緯を伝えて、男性をパトカーに乗せる。
「息子が独りで待ってるんでもう行っていいですか?」
金髪の女性は三島が借りて乗ってきた自転車に跨って今にも出発しそうだった。
子どもを公園に置いていることを思い出した三島は声を返した。
「お子さんがいる公園の近くに車を停めてるので私も一緒に行きます!」
二人で公園に戻ると子どもは泣き疲れたのかブランコに座っていた。
「ごめん、寂しかったよね。ママのバッグはこの警察官のお兄ちゃんが取り返してくれたよ!」
金髪の女性が子どもに話しかけると、子どもは母親に抱きついた。
母は優しく抱きしめると、子どもは母の肩から顔を出し三島に「ありがとう!」と笑顔を見せた。
三島は「おう!」とにっこりした笑顔を返し、
「じゃあ俺はそろそろ車に戻りますね」と母親に告げると、お礼を言われたので軽く会釈をしてその場を後にした。




