第15話 無常
黒田皐月は留置所の檻の中で、ここから出ることをただひたすらに願い続けていた。
そしてある朝、監視担当官が檻の扉を開いた。
もしかしたら無実の証拠が出て釈放されるかもしれないと期待したが、全く真逆の成り行きで進んでいくことになる。
「今から拘置所に移送するので手錠をはめる」
監視担当官は私の手首に手錠を巻きつけた。
拘置所が一体どういう意味を持つのかその時の私には理解出来なかったが、監視担当官について行き留置所の外に出た。
目の前には護送車が停まっていて、私語は禁止だ、早く乗れと強めの口調で乗車を催促された。
押し出されるように護送車に足を踏み入れると、私と同じ身なりをしている人間が何人か座っていた。
空いている席に座れと指示されて腰掛ける。
この車内は私が知っている車内とはまるで別世界で、自分が今向かっている方向は悪い方向なのではないかと頭も心も冷たくなっていくのを感じる。
車のドアが音を立てて閉まり、護送車はゆっくりと動き出した。
軽快な走行をしていながらも今まで経験した乗り心地とは異なっていてとても気味が悪い。
拘置所に着いたのか、車は動きを停めてしばらくその状態が続いた。
護送車に乗っていた警察官らしき人物が立ち上がり、中にいる一人一人の腰に縄を巻きつけて括っていく。
これではまるで囚人の扱いと同じだ。私はなにもしていないのに、どうしてこんな扱いを受けなければいけないのか。
手綱を引かれて一人また一人と歩き出して私も引っ張られたので歩かざるを得なくなった。
拘置所の中に入って歩いていきそれぞれが収容される部屋を順番に回っていく。
白い扉の前で立ち止まった。留置所の檻と少し似ているが、扉の形状は隙間がある鉄格子ではなく一枚板の扉が取り付けられていた。
私は手錠と腰縄を解かれて、ゆっくりと扉が開かれた部屋に入れと命令される。
部屋の中は畳が三畳敷かれていて、小さな洗面台とトイレ、敷き布団と掛け布団と枕と小さな机が置かれている。
留置所にいた時の部屋と似ているが一つだけ大きく違っていたのはラジオが置かれていたことだ。
こういった施設にラジオが置かれているとは思わなかったので凄く驚いた。
部屋へ案内した警察官らしき人物は扉を閉めた後、もうすぐ検察官がここに来て取り調べを行う予定だからその心づもりはしておけ。
そう言い残してその場を離れていく。
私は畳の上に座り込んで少し休憩してから部屋の周りを見渡した。
明かりは前にいた部屋よりも暗いが今の明るさの方が丁度良い。
それからラジオに手を伸ばした。一刻も早く外の世界の情報を手に入れたくて、電源ボタンを押す。
早速ニュースの音声が流れてきて、自宅で夫を殺害したとして、妻である黒田皐月容疑者を逮捕した。と大々的に報道されていた。
ラジオで自分の名前を耳にすることの違和感もあったがなにより、夫を殺していないのに世間からは"夫を殺した妻"と決めつけられていることに怒りを感じたと同時に、これから自分は起訴されるのだと絶望した。
警察は一体なにを調べてそう決めたのか、警察の誰かは違和感を感じて、ストッパーの役目を果たすような人はいなかったのか。
これから検察官による取り調べがあるので、その時に聞いてやろうと決めてラジオの電源を切った。
それから程なくして、検察官らしき男性が扉の前に現れて扉が開いたと同時に口を開く。
「今から取り調べを行うので部屋から出なさい」
私は部屋を出て誘導されるままに少し歩いて、取り調べ室の中に入るとパソコンを開いている男性が既に座っており、一緒に歩いてきた男性はその隣に座り、私は空いている向かい側の椅子に座った。
私の目の前にでかい態度で座っている男性が話し出した。
「検察官の中西と言います。
拘置所にいた時に警察官から事情聴取されたと思いますが再度、事情聴取させていただきます。
警察から送られてきた供述調書が手元にあるのでくれぐれも嘘は吐かないように」
中西ではないほうの男性がキーボードを指で滑らかに叩く音が室内に反響しながら、中西が話を続ける。
「事件当日に貴方はご友人と夕食を摂る為に自宅から外出されていたそうですが、友人の名前と何時頃に出かけたのか教えて下さい」
「友人の名前は白峰晴香で、十八時前に家を出ました」
「それからタクシーに乗り、フレンチの飲食店で夕食を摂って、その後にバーに行ったようですが間違いは無いですか?」
「はい、ありません」
「タクシーの監視カメラには貴方は映っておらず、ご友人の白峰晴香さんだけが映っていましたし、お店の方々も見ていないと言っています」
「そんなわけないじゃないですか!」
皐月は自分が思っていたよりも大声を発してしまい、自分自身に驚いた。
「ご友人の白峰晴香が貴方を庇う為に嘘を吐いているとしたら辻褄は合うんですよ。このまま行くと彼女も"殺人ほう助"の罪に問われますね」
「私も晴香も嘘は吐いてないんです!」
「なら、それを証明出来ますか?」
「バーテンダーの方に私と晴香の顔写真を見せたら分かるはずです。
あとバーに手品を披露してた人もいて、その人も私達の顔を知っています。聞いてみて下さい」
中西はその言葉を予期していたように、食い気味に言葉を重ねる。
「調書によると、既に警察官が顔写真も見せたそうですよ。それでも全員の口からはご友人が一人でお店に来たという返答だったそうです。
そのご友人の白峰晴香さんにも事情聴取しましたが、ご主人と仲は良くないと貴方の口から聞いたと言っていたそうですが、間違い無いですか?」
私は唖然とした。晴香は何故不利になる事を敢えて言ったのか。
愚痴を溢すことはあっても、修一と仲が悪いと言ったことはなかった。
「違います。愚痴を聞いてもらったことは何回もありますが、仲は全然悪くないです」
「仲が悪くないのであれば、愚痴を言うこともないと思いますがね。
罪を認めることも、犯行の動機も我々に白状するつもりがないことはよく分かりました」
「違います!本当に私はやってません!!」
皐月が声を荒げて、勢いよく机を叩く。
「犯人はよくその台詞を言いますよ。起訴への判断材料も十分に揃っていますので、我々は起訴の方向で手続きをしています」
「そんなの絶対に可笑しいです。判断材料ってなんなんですか?」
「いくつかありますが……凶器となったネクタイですが、貴方の指紋が検出されています」
「いつも夫が仕事から帰ってきたら私がネクタイを解くことが多いので、指紋がついているのは当たり前です!」
その程度のこじつけにも思える小さな理由で犯罪者に仕立て上げられようとしていることに腹が立った。




