第13話 上書きされる幻影②
「おっ、噂をすればご本人が来るとは!」
バーテンダーは私の顔を見て、どこか嬉しそうに笑みを浮かべながら言い放つ。
「さっき、警察の連中が来てお姉さんのことを色々聞きにきたんだけど、お姉さん警察に追われるようなことでもしたの?」
バーテンダーの半笑いがどこか馬鹿にしているようで鼻についたが、ぐっと堪えた。
「その警察の人達はなんて言ってましたか?」
「身長が高くて黒髪でロングヘアーの綺麗なお姉さん見てないか?って、昨日のお客さんで当てはまる外見をしてるのはお姉さんだけだからすぐに分かったよ」
「本当にそれだけですか?それ以外はなにか聞かれましたか?」
「あとは……この女性を知らないかって顔写真を見せられたけど、多分見たことないって返したよ」
私はスマートフォンを取り出して皐月が写っている写真を選んで、バーテンダーに見せた。
「その顔写真の女性ってこの女性ですか?」
「そうそう、この女性。でも記憶に無いから見てないよ。ほんとに」
さっきのお店と同じパターンで困惑した。
羽山刑事が言っていたことは本当だったのだ。
全員の記憶から皐月の存在が抜け落ちている。
「昨日、手品師の方が来てましたよね?今日は来ないんですか?」
私と皐月はマジックショーに参加していた。
間近でやりとりをしていたあの手品師なら私達を忘れるはずがないと考えた。
「あぁ、さっきまで店にいたけど忘れ物をしたって言って出て行ったよ。あいつも刑事に訊かれてたけど知らないってさ」
「そうなんですか……」
バーテンダーからそれ以上の事は聞き出せそうになかった。
誰に聞いても口裏を合わせたように同じ言葉が返ってくる。
もう、どこから手をつけていいのか分からなくなっていく。
「ところでお姉さん、なにしたんですか?」
バーテンダーが野次馬根性で質問をする。
「さっき見せた写真の女性が殺人容疑で逮捕されたんです。
昨日、絶対に皐月を見てましたよね?
なんで知らないふりをするんですか?
もし、あなたが証言してくれるならそれが有力なアリバイになるんです!」
感情に任せて気持ちを伝えた。
「なるほど……そんな大事になってたんだ。
こんなことを言うのは変かもしれないけどさ、
そういう面倒ごとには巻き込まれたくないんだよね。関わるのはこれっきりしてくれるかな。
変な噂が立ってお客さんが来なくなると商売に影響してしまうから」
バーテンダーにはぐらかされてごもっともな意見まで返ってきた。
お店としては、厄介な事には関わらないほうが得策なのは分かっている。
真正面から聞いても答えてくれる様子は無く、苛立ちも感じ始めたので切り上げることにした。
「そうですよね。すみません巻き込んでしまって。お時間をいただきありがとうございました」
私はお店を出て、タクシーには乗らず歩いて帰ることにした。
歩きながら頭の中を整理整頓してこれからのことを考える為に……
* * *
"昨日"のことを思い出しながら黙々とパスタを食べていると、フォークと皿が擦れる音がした。
フォークでパスタを巻けなくなったことでようやく我に返った。器の中のは既に空になっている。
なんとかパスタを胃に収めたが、お腹が張っているようで気持ちが悪い。
少し前まではお腹が空いていたのに、事件のことを考えると食欲を失くなっていった。
食欲は気持ち一つでなんとでもなる曖昧な感情である。
周りの音が大きくなったので見渡すと、
店員達は閉店に向けて締め作業を始めていた。
私が使った食器を早く下げたいだろう。
ゆっくりと食べていたから店員も困っていたに違いない。
もう少し居座りたい気持ちはあるが、お店に申し訳ないので、備え付けてあるペーパーで赤くなった口を拭いて、バッグと伝票を手にしてレジに向かう。
お会計を済ませた後はお店を出て、徒歩で家まで帰ることにした。
外はまだまだ肌寒いが、パスタを食べて体温が上がっているので丁度良い具合だった。
歩きながら皐月のことを考えていた……
刑事達が言うには皐月は起訴される。
そうなれば有罪になる可能性は高く、刑務所に入ることも考えられる。
本当にそれで良いのか……皐月は修一さんを殺してなどいない。
でも、この状況をどう考えれば良いのか。
まだ直接会って話を聞けていないのは手品師だけだ。
バーテンダーの話を鵜呑みにするなら恐らく手品師も知らないと言うし、みんなで口裏を合わせているのなら誰が支持しているのか。
このまま全員がだんまりしていれば、皐月のアリバイを証明する手掛かりは無いに等しい。
あの刑事達は事件の解決ばかり考えていて皐月のことはどうでもよさそうに感じる。
だから、あの刑事達はいまいち信用出来ない。
皐月のことについて調べてくれる他の刑事はいないだろうか。
他の刑事と会ってみたいが、その方法も分からないし今回の事件の担当はあの二人だけで人数が増えることはなさそうだ。
もし、皐月と面会が出来るならその時に他の刑事と会えるかもしれない。
今の皐月の様子も気になる。ただ、どうやって面会出来るようになるのか一連の流れが全く想像がつかない。ネットで調べるしかないか。
頭の中で色々なことが思いついて少しずつ結びついていく。そして、ある男性の姿が目に映ったことでその結びつきを一時的に止まる。
あのだらしない背中は間違いなく羽山刑事だ。
まだ、この辺りをうろついていたのか。
あまり接触はしたくないので敢えて遠回りして帰ろうと考え、進路を変えて大きく迂回した。
公園を通り抜けようと歩いていると、最初は薄暗い街灯でよく見えなかったが近づいていくと制服を着た男女がブランコに座って話をしている。
その男女の距離感は付き合う前の絶妙な距離感であり独特の空気を纏っていて、なんだかこっちが気恥ずかしくなって心をくすぐられた感じがした。
学生時代はそういった経験をせずに卒業した。
漫画やアニメでよく見るような青臭くて、甘酸っぱい恋愛も心のどこかで望んではいたが、そんなことは一切起こることはなく卒業を迎えた。
眼中に無い男子から何度か告白されたことはあるし、ある男子が私のことが好きだと言っていると噂をクラスメイトから聞いたこともある。
その時から冷静を装うのは上手だったが、
心の内を明かしたり行動にするのは下手で
いつも興味が無いと冷めたふりをしていたが、
見えない何かに怯えてなにも出来ないだけだった。
今にして思えば、学生時代にもっと行動をして傷付くことに慣れたら良かったと思う。
特に恋愛は歳を重ねる度に失敗出来なくなる。
恋愛で失敗してもサマになるのは学生の特権だがそれに気付くのは大人になってからだ。
二人の想いが良い結果に向かいますように……
そう願いながらブランコの近くを通り過ぎていく。
自宅のマンションに戻って、入り口で鍵をかざしてオートロックを開ける。
ふと、天井に設置されたカメラに気付いて皐月のマンションのカメラにはどう映っていたのか聞かされていなかったので気になり始めた。
今度、羽山刑事に聞いてみようと考えていると、
エレベーターが降りてきて自分の部屋に身体を運んでくれる。
自分の部屋のドアを開けると底がない無限の暗闇が広がっていて一言が足元に落ちた。
「寂しい」




