第12話 上書きされる幻影①
私は“ビストロ フルール”というお店の前で羽山と面と向かって話をしていた。
"昨日"にお店の人から話を聞いたが、
皐月はいなかったの一点張りだったことを羽山刑事に伝えた。
三人の目で確かめる為に、今日は私と羽山刑事と山田刑事で店内に入って話を聞きにいくことになった。
でも全員で行ったところで結果はやはり同じで、
皐月のことは知らないと言われた。
それどころか連日の来訪でお店を営んでいるご夫婦の気が立っていた。
何度も何度もきて同じ質問をするのだ、とても鬱陶しいだろう。
店を出て、バーも同じようなリアクションだったと、刑事に伝えた。
すると今度は納得したようで、羽山刑事は行っても無駄足になりそうなので今からみんなでバーに行くのはやめようと言いだした。
これ以上、一緒にいる理由はないので、
私達はその場で解散して刑事達とは別れた。
座って少し休憩したくなった。近くにカフェがあることを知っていたので徒歩でカフェに向かう。
今日の風は昨日よりも冷たく感じた。
歩きながら考えていた。
何故、皐月がいたことをみんなで隠すのか。
何故、あの日のことがみんなの記憶から抜け落ちているようなリアクションをするのか。
カフェに着いてドアを押しながら開けて店に入る。店員が近づいてきたので人差し指を立てるとすぐに席を案内してくれた。
二名用の小さいテーブル席に案内され、向かいの椅子にバッグを置いて椅子に座る。
飲み物だけのつもりだったが店内の良い匂いに食欲が湧いて、ついでに夕食もここで済ませてしまおうと思いついた。
外が思っていたよりも寒かったので温かいものが食べたくなる。
メニューを眺めていると、店員がお水とおしぼりを持ってきたので、トマトとニンニクのパスタとホットのカフェオレを注文する。
どうやら個人店のようでメニューが少なく、
どれにしようか迷うこともなかった。
待っている間にスマートフォンをいじっていると、気になるネットニュースが目に飛び込んでくる。
<タワマン殺人事件 夫を殺害して妻が逮捕>
すぐに指で記事を押して詳細を見た。
記事には"黒田皐月容疑者"と書かれている。
他にも<タワマン 四十階の自宅で夫を殺害>など様々なサイトで報道されていた。
「お待たせいたしました」
店員の声でスマートフォンから顔を上げる。
注文していたパスタとカフェオレが届いた。
パスタが席に届いて、食べ始めたが思うように食が進まない。
決して不味くないし、むしろ美味しい。
お腹が空いているのに、美味しいのに食が進まない。
先程まであった食欲が一瞬にして失くなっていたが、注文してしまっているので口をつける。
食べながら"昨日"のことを思い出していた。
* * *
十九時頃に着信が鳴った。登録している番号ではなかったから不信感はあったが、出てみることにした。
「急にすみません。昨日お会いした羽山という警察官です。今、少しお時間宜しいでしょうか?」
「はい、大丈夫です。」
そういえば昨日、家に来て帰る間際に連絡先を教えてほしいと言われて嫌々教えたのだった……
「今し方、貴方が黒田皐月さんと一緒に行ったとされる飲食店とバーで聞き込みをしたんですが、誰もあなたと黒田皐月さんを覚えていないんですよ。
顔写真を見せてもさっぱりみたいで……本当に奇妙ですよね。
明日、もしお時間があればご一緒にもう一度聞き込みをしたいと思っているんですが、どうでしょうか」
みんなが皐月だけを覚えていないって一体、
どういうこと?
バーのマジックショーに皐月も参加してたから、
あの場で誰も皐月を見ていないということは絶対にあり得ない。
「わかりました。明日の今ぐらいの時間ならお会いできると思いますが、
もしかしたら残業で時間を押してしまうかもしれません。なので仕事が終わり次第、ご連絡させていただきます」
「わかりました。では、お電話待ってますね。
それでは失礼します」羽山が通話を切った。
羽山刑事にはそう言ったが、刑事がいない状態でお店の人達に話を聞きたかった。
刑事がいては、お互いに要らない気を使ってしまうし、本当は言いたいことも変な気が回って口を噤んでしまうかもしれない。
そう考えると身体はすぐに動き出し、家を出た。
配車アプリでタクシーを呼ぶと、近くを走っていたみたいで指定した場所にすぐに来てくれた。
急いでいたので足元にまで注意がいかず、ヒールで勢いよく水溜まりを踏んでしまった。
水が跳ねてロングスカートにも付いてしまったが、スカートは黒色なので汚れは目立たなかった。帰ってすぐに洗えばなんとかなる。
タクシーに乗ってまずは“ビストロ フルール”に向かうように運転手に言った。
“ビストロ フルール”の店の近くで降ろしてもらう時に、すぐに戻ってくるのでここで待っていてくださいと頼んでからタクシーを降りた。
店内に入ると奥様が「いらっしゃいませ!」と駆け寄ってきた。
「昨日、ここでお食事をさせていただいた白峰といいます。少しお伺いしたいことがございまして……」
「あっ!昨日はありがとうございました。どうされましたか?」
「少し変なことをお聞きしますが、昨日ご予約させていただいた際に、連れも一緒にいたと思うんですが覚えていらっしゃいますでしょうか?」
奥様は眉間に皺を寄せて、考え込む。
「さっきも警察の方が来て同じことを聞かれましたけど、昨日はお一人でご来店されてましたよね?なにかあったんですか??」
奥様は近くにあったノートを開いて私に見せた。
手書きで書かれたノートには<白峰晴香 一名>
としか書かれていなかった。
私はこのノートに書いてあることがでたらめであることがすぐに分かったが、どう説明したら良いのか分からず言葉が出てこない。
「昨日、貴方はお一人でご来店されて、お会計をした時に少しお話をして、タクシーに乗って行かれたと思うんですが……主人も一緒にいたので思い違いではないと思います」
「いえ、昨日は二名で予約してここに来ました。なんで、隠すんですか?誰かになにか言われたんですか??」
テーブル席に座っている客がすみません!と声を上げている。
「すみません、お客様が呼んでいますので私はこれで……」
奥様は私の前から足早に去っていった。
これ以上はお仕事の迷惑になるので、私もお店を出た。店の前で待たせていたタクシーに乗って、“エミール”への行き先を伝え、車を走らせる。
“エミール”の店の近くに停めてもらって、タクシーを降りる。
店内に入ると、昨日と同じバーテンダーがいた。




