第11話 最悪の路線
白峰晴香が“ビストロ フルール”から"一人"で店を出てきている。
ドライブレコーダーの映像に記録されていて紛れない事実だ。
「この映像をコピーしても宜しいですか?」
動かぬ証拠を見つけたことで山田の声が上ずる。
「ええっ。良いですよ」と宮田がうなづく。
承諾を貰った山田はコピーを取るために手際良く作業を始めた。
やはり、白峰晴香は嘘を吐いていた。
親友のアリバイ工作に加担したのだ。
事情聴取をした時に何故、黒田夫妻の仲はあまり良くないと不利になる証言をしたのか。
それも演技の内なのか……
羽山は無精髭を手で引っ張ったりしながら思案していた。だが深く考える必要は無い。
答えは既に出ているのだ、幾つもの証拠が出揃っている。
それをありのままに提出すれば良いのだ。
ただそうすることに違和感がある。
"なにか"がつっかえている。
その"なにか"が分かれば苦労はしないのだが。
山田の用は済んだので退散する用意をする。
協力者の方々に礼を言って、個人タクシー協同組合から外へ出た。
羽山と山田は話しながら停めていた車に乗り込む。
「さぁ、署に戻って送検の準備でもするか」
「そうですね。途中までは出来上がってるので、そう時間はかからないと思います」
車のエンジンをかけ、羽山がアクセルペダルを踏んで車が動き出す。
「お前はこのヤマ(事件)がこれで終わりと思うか?」
羽山の質問に山田は疑問が急速に膨れ上がって、どう返すのが正解か悩む。
「いや……これだけ証拠が揃ってるなら間違いなく黒田皐月が殺ってるでしょう。
羽山さんは何に引っかかってるんですか?
これだけの証拠があるっていうのにずっと疑問を持ってるじゃないですか」
「それを口にパッと出せるなら、こんなモヤモヤしねぇから困ってるんだよ。
でもまぁ俺の考えすぎってことなのかもな。
刑事の勘も歳と共に衰えてくるんなら、
俺もそろそろヤキが回ってきたってことか」
珍しく、自虐混じりの言葉を溢して山田は反応に困る。自虐に敢えて乗っかるのか、
聞かなかったことにしてスルーするのか、
そんなことないですよ。と当たり障りのない返しをするのか悩んで結局は、車の窓から見える景色に逃げる。
警察署に到着して車を降りた。山田は自分の机に真っ直ぐに戻り送検にあたっての書類作成を始めた。
羽山は喫煙所で煙草をゆっくりと味わっていた。
"黒田修一殺害事件"も終わりの目処が立ってきたことで、机に別件の書類が山程置かれていることを思い出し、猛烈に面倒くさく感じて喫煙で時間稼ぎをしている。
結局はやらないといけないのだが、少しでも無駄な抵抗をしたくなる。
喫煙所を出て署内の階段を降りていると、
三島大樹とすれ違った。
「羽山さん!お疲れ様です!」
「おう、おつかれちゃん。調子はどうよ」
「先程、書類送検でカタがついたところです。
羽山さんの方はどうですか?」
三島は自信満々にはきはきと答えた。
「まぁぼちぼちかな」
羽山は確信めいたことは言わず笑ってやり過ごして階段を降りていった。
自分の席に座って書類が無造作に置かれた汚い机で、黙々と事務作業を始めた。途中で行きつけの中華料理店で昼食を摂って作業を続けた。
夕方に検察官が警察署に来て、山田が作成した書類送致書、調査報告書、供述調書、鑑識資料、証拠物件、目録を渡して検察に黒田皐月の身柄送検を行った。
それから数時間が経過して、羽山のスマートフォンが振動した。着信の相手は白峰晴香だった。
お互いの都合を擦り合わせた結果、
“ビストロ フルール”の前で現地集合することになった。
山田にも声をかけて支度を済ませた後、
二人で待ち合わせ場所へと車を走らせる。
今回の件はもうすぐ警察の手を離れるので、
無理して深掘りする必要は無い。
自分は気になりだしたら納得がいくまで調べたいタチだから付き合う理由も無いと伝えたが、
山田は乗りかかった舟だからと面倒くさがりながらも刑事根性丸出しでついてくる。
部下がしっかりと育っていると実感して心が少し救われたような気がした。
車を停めて、現地で待っていると遅れて白峰晴香が現れた。
「すみません。お待たせしました〜」
「いえいえ、我々も今来たところですので。
今日はお時間を作っていただきありがとうございます」羽山は続ける。
「今日来ていただいたのは、白峰さん本人に状況を確認していただきたいからです。
昨日の通話でもお話しましたが、事件当日に利用されたお店の方々にお話しを伺いました。でも、全員が黒田皐月さんを見ていないと言うんです。
それが本当なら貴方は友人の為に嘘の供述をしたことになる」
「嘘は吐いてません!私自身もこの状況がよく分からないんです」
晴香は長い髪を額からかき上げて、必死に状況を整理しようとしている。
「貴方は昨日一人でお店に聞き込みをしたんじゃないですか?」羽山は試すように鎌をかける。
「なんでそれを?」晴香の瞳孔がわずかに開く。
「昨日、貴方に電話をしてから時間が経った頃に貴方が“エミール”に入っていくのを見ていました。片方のお店だけ行ったとは考えづらい、
恐らくこの店にも行ったんじゃないですか?」
羽山は人差し指で“ビストロ フルール”を指差す。
「えっ?あの後、張り込みしてたんですか?
なんで言ってくれないんですか」
山田は邪険にされた思い、不貞腐れている。
しょげている山田の事など歯牙にもかけずに晴香は話を続ける。
「昨日、羽山さんと電話をした後、羽山さんが残した言葉がどうしても気になって一人でお店に行ったんです。
だって、可笑しいじゃないですか。
皐月と一緒にお店に行って店の人も見ているはずなのに、みんな口を揃えて見ていないって……
あの一日がまるでみんなの記憶からすっぽりと抜け落ちたみたいで気持ち悪いんです」
「じゃあ、やっぱり貴方の顔を見ても、一緒にいた黒田皐月さんを誰も覚えていないと言ったんですね」
悪い予感が的中して羽山は軽く溜め息をついた。
「白峰さん。黒田さんのことについてなんですが……先程、身柄が送検されました」
「どういうことですか?」
晴香の目は羽山の顔をしっかりと捉えて離さない。
「証拠が出揃っていたので殺人罪で起訴されます。起訴されると間違いなく有罪です」
羽山が答える前に山田が食い気味に答える。
「どうしてですか?まだお店の人達からの証言が聞けてないじゃないですか」
「他にも証拠が出揃っているので、起訴するには充分です」
「もしこの謎が解けて皐月が私と一緒にいたことを証明することが出来れば、無実の証明になりますか?」
「死亡推定時刻にアリバイが成立するなら有力な証拠にはなりますね」
「わかりました。この謎を必ず解きます」
羽山と白峰の視線は依然としてぶつかり合っていた。




