第10話 想定外の事実
一通りの聞き込みを終えるともうすぐ十九時を迎えようとしていた。
「明日にもう一度、白峰晴香に会えるか電話して訊いてみるわ」
羽山はそう言いながらぎこちない指使いでスマートフォンを弄って電話をかけた。
いつの間に白峰の連絡先を聞いたんだ……
不思議な面持ちで山田は通話中の羽山を見つめていると話は終わったみたいだ。
「白峰晴香。明日、仕事終わりなら会えるってさ。会うなら今ぐらいの時間帯になりそうって。明日は何か予定ある?」
「特に予定は無いので大丈夫です」山田が即答する。
「じゃあ、今日はここで解散!俺はちょっと用があるから、車は乗って帰って」
そう言い残して羽山は何処かに向かって歩き出した。
「そうですか。じゃあ、お疲れ様でした」
山田は挨拶をして車に乗ってその場を去る。
羽山はあてもなく、ぶらぶらと練り歩く。
辺りを見回すとまばらだが、他人がいる。
恐らく、帰宅途中のサラリーマン。
恐らく、恋人と通話しながら歩く女性。
恐らく、家に帰らず遊び呆けている学生。
羽山は元々、人間観察がとても好きだ。
目は口ほどの物を言うとはよく言うが、目だけではなく、あらゆる所作や仕草がその人物の思考を具現化している。
警察官になる前からそういった観察を行っていたし、それが趣味の域にまで達している。
周りの人達を観察してそれから、コンビニエンスストアに立ち寄った。
コンビニの商品一つ一つをじっくりと眺めるということを普段はしないので、新鮮な感じがした。
コンビニは小さな百貨店のようだ。多種多様な物が売っていて、値段は少し高いがここでしか買えない物もある。
物色にも満足して、小腹が空いていたので、
缶コーヒーとレジの前で販売されているフライドチキンを買ってコンビニを出た。
歩きながらチキンを口にして来た道を戻りながら“エミール”に向かっていた。
缶コーヒーを少しずつ飲みながら“エミール”が
なんとか見える距離から見張っていた。
すると、見たことのある女性が店内に入っていく。その女性は白峰晴香だった。
羽山は頭の中でビンゴ!と大声を叫んでいた。
通話をしてから一時間ほど経過している。
通話の中で敢えて、意味深な言葉を言い残したので気になったのだろう。
だが、すぐに向かうと警察官とばったり会うかもしれない。だから一時間以上、時間をずらしてからやってきたのだと容易に推察できる。
彼女に電話をかけた時に「聞き込みをしたら、誰も黒田皐月さんを覚えていない」と伝えると彼女は困惑していた。
何かしらの動きがあるだろうと思っていたが、まんまと引っかかってくれた。
明日に会う予定があるので、その時になぜバーに行ったのか問い詰めることにして、今日は彼女をそのまま泳がせた。
タクシーが目の前を通ったので右手を挙げる。
停まってくれたタクシーに乗り込んで、自宅の住所を伝え、その日は仕事を終えた。
翌朝、あくびをしながら出勤した羽山は警察署内で山田と合流した。
「おはようございます」
「おう、おはよう。昨日はあの後はさ、もう飲み過ぎてベロベロでタクシーに乗り込んだよ。
たまには一人でヤケ酒でもしないとやってらんないよ」
「相変わらず呑気ですね。羽山さんは」
山田は呆れたように苦笑する。
「あっ、そうそう白峰晴香を詳しく洗ってくれるか。タクシーの運転手にも聞き込みをしたい」
珍しく山田が素直に相槌を打たない。
「正直、そこまでしなくてもホシ(犯人)は黒田皐月でしょう。犯行の動機も状況証拠も揃っています。それに送検まで時間がありません」
「じゃあお前はまだ調べないことがあるのに確認せず検察に、はいどうぞ。って渡すのか。
まぁ、それはそれで検察の奴らが勝手に調べるだろうけどさ。
俺なら自分で調べて納得したいけどなぁ」
羽山の言い分に山田は口ごもる。
「お前の言い分も分かるよ。だからタクシーの運転手に話が聞けたら、後は検察の連中に任せたらいいじゃない」
「分かりました」山田が納得して作業に取り掛かってくれた。
羽山は突然の尿意を催して、早歩きでトイレに向かった。
漏れる寸前でどうにか間に合ってする放尿には、
独特で特別でなんとも言えない開放感がある。
羽山が開放感に浸っていると、斜め後ろから怒鳴るような大声で挨拶をされた。
「羽山さん!おはようございます!」
「おはよう。相変わらず声がデカいなお前は。
一発で目が覚めるよ」
声をかけてきたのは羽山の後輩の三島大樹であった。太陽を擬人化したような人物で礼儀正しいが声量があり、悪く言えばうるさいくらいの声量である。
学生時代はラグビーをしていたことから身長が高くガタイも良いので、一部の女性職員からは圧迫感があって怖いと陰で言われている。
どの層からも<何事にも全力投球で熱い男>と評価されている。
「今、捜査してるヤマ(事件)はどんな感じですか?」
三島が羽山の隣の便器で放尿をしながら聞く。
「気になるところはあるが、もうすぐカタがつきそうだ。そっちは?」
「こっちも、もうじき終わりますよ」
自信に満ち溢れている三島を見て、それはご苦労さんと伝え、洗面台で手を洗いトイレから出ていく。
それから羽山は留置所の保管庫のドアを開いた。
被疑者である黒田皐月が所持していた物品を押収して保管しており、羽山はそれを眺めていた。
彼女が持っていた物になにかヒントは無いかと
もう一度目を通してみたが、鍵や財布等よくある物しかなく、思わぬ収穫は無かった。
「羽山さん。やっと見つけましたよ」
山田がドアを開けてため息まじりに話しかける。
「タクシーの所在を突き止めました。
***個人タクシー協同組合に配車されている
車のようです」
「よし、今すぐ聞き込み行くぞ」
山田は首を軽く縦に振って羽山と一緒に警察署を出た。
タクシーが配車されている個人タクシー協同組合に向かい、正門の近くにいた男性を捕まえて責任者の元に案内してもらった。
案内された部屋で少し待っていると、責任者であると年増の男性が現れて自己紹介してくれた。
警察手帳を見せて事情を説明し、
ドライブレコーダーの映像記録を見せていただけないか?と伝えると快く承諾してくれた。
男性は一度、席を外して戻って来た時には、一人の男性を連れて部屋に入ってきた。
どうやら一昨日に事件が起きた周辺を走っていたドライバーだそうだ。
もしかしたら、彼のタクシーのドライブレコーダーの映像記録が役に立つかもしれないと呼んできてくれたのだ。その男は名前を宮田雅之と名乗った。
宮田が一昨日に乗った車両の映像記録を確認した。
確かに対象となる道筋を通っている。
タワーマンションから“ビストロ フルール”と“エミール”と経由して走っている。
羽山が思わず一時停止のボタンを押す。
停止した画面には“ビストロ フルール”から
"一人"で店を出る白峰晴香を映っていた。




