表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
6/7

2 ワスレナグサ

 翌日。

 カーテンの隙間から差し込む朝日で目が覚めた。


 支度を済ませて家を出る。

 もう何度も歩いた海までの道を進む。


 約束の場所へ着くと、葵葉は先に来ていた。

 葵葉は座り込んで、絵を描いていた。


「おはよう」


「おはよう」


 葵葉は手を払うと立ち上がる。

 やはり海の波で消える位置に、絵を描いていた。

 波が何度か当たると、描いていた絵はすべて消えた。


「今日はどうする?」


「んー、今日はぶらぶらしようよ」


「散歩?」


「そー!ミトの地元を案内してほしいな」


「案内って言われてもなぁ。こっちは爺ちゃん婆ちゃん家の方だから、そんなに詳しくないよ」


「そうなの?」


「ああ。冬休みはいつもこっちに来るけど、散歩するくらいだから」


「なら、ミトん家はどこら辺なの?」


「昨日行った万華鏡の近くだな」


「そうなんだ。じゃあ、冬休みっていつまでなの?」


「9日まで。今日が29日だから……あと11日間だな」


「まだ1週間以上あるんだ」


「そうだな。葵葉は違うの?」


「僕?僕も……そうだね。それくらいだな」


 そこでふと、葵葉が高2だと言っていたことを思い出す。


「そういえば、葵葉は勉強しなくていいのか?」


「勉強?」


「受験勉強。だって来年、受験生だら?」


「……ああ」


 葵葉の返事はどこか実感がなさそうで、私は思わず眉を寄せた。


 それに気づいた葵葉は、少し気まずそうに頬を掻く。


「いや、そういうの考えないといけない歳なんだなって思って」


 葵葉は少しだけ空を見上げた。


「将来、か」


 その言葉を、どこか遠いものみたいに呟く。


「将来、何になりたいんだ?」


「僕は……何だろうな」


 葵葉の返答に私は驚いた。

 てっきり即答すると思ってたからだ。


「画家じゃないのか?」


「んー、絵を描くことはしたいなって思うけど。これまで、夢について考えてこなかったな」


 葵葉は少しだけ考えるようにしてから、こちらを見る。


「ミトは?」


「私?」


「将来、何になりたいの?」


 その言葉を受けて考えてみる。


「私も分からないな」


「そっか。一緒だね」


 葵葉はどこか安心したように笑った。


 自分だけじゃないと思えたからだろうか。

 その表情は、少しだけ肩の力が抜けたように見えた。


 それでも、一つだけ思い浮かぶことはあった。


「でも、私も」


「ん?」


「絵を描くことは続けていたいな」


「ほんと?」


「ああ。趣味でもいいから」


 葵葉の表情がぱっと明るくなる。


「なら、個展開いてよ」


「は?」


 急な展開に、思わず目を瞬かせる。


「なんで?」


「観てみたいから」


 あっさりと返され、私は思わず言葉に詰まる。


「いや、普通に観に来たらいいじゃん?なんで個展?」


「えー、絵を観るなら個展じゃない?」


 あまりにも当然みたいに言うので、私は思わず小さく息を吐く。


「いいじゃん。ミトが個展開くとき、僕が観に行くからさ」


「簡単に言うなよ」


「だって、観たいし」


 まるで当然のことみたいに言う。


 そんなことを言われても、そもそも――。


「……それ、どうやって伝えるんだよ」


「ん?」


「個展開く日とか。葵葉に」


「あっ、そっか」


 今さら気づいたみたいに、葵葉は軽く手を叩く。


「連絡先は教えられないし……んー」


 葵葉は少し考え込む。


「あっ!じゃあさ」


 何か思いついたように、葵葉は顔を上げた。


「個展開く日、決めとこうよ!」


「え、今?」


「うん、今!日にち、どうしようかな?覚えやすい日の方がよさそうだよね」


「出会った日でいいんじゃない?」


「うん、そうだね!そうしよ」


 葵葉は嬉しそうに頷く。


「出会った日って……何日?」


「は?」


「えーと、今日が29って言ってたよね?28、27……」


 どうやら、今日が何日なのかも知らなかったらしい。

 指を折りながら数える葵葉に、私は呆れながらも教える。


「24だよ」


「24!12月24日ね!ミト、絶対忘れちゃダメだよ」


「わかったよ」


「帰ったらちゃんとメモしといてね」


「はいはい」


 釘を刺すように言う葵葉に、軽く返す。


「それと、ミトが24歳になる年にしよ。24歳の24日!覚えやすいでしょ?」


「覚えやすいけど、ずいぶん先だな」


「そう?」


「そうだろ。今何歳だと思ってるんだ」


「15?」


「そう」


「9年後だねー」


「長いな」


「でも、9年あったらいっぱい絵描けるじゃん」


「まあ、そうだろうな」


「その時に一緒に絵を描こうよ。どっちが上手いか勝負しようよ。僕、すごく上手くなってるだろうから」


「すごい自信だな」


「あるよ」


 葵葉はあっさり頷いた。


「だって、毎日描いてるし」


「それは上手くなるな」


「ミトも毎日描けばいいじゃん」


「毎日はきついな」


「厳しい?じゃあ、3日に1回」


「急にハードル下げたな」


「それなら、続けられそうじゃない?」


 そう言って、葵葉は笑う。


「24歳のミト、どんな絵描いてるんだろうね」


「さあ」


「海?」


「描いてるかもしれないな」


「イルカ?」


「それもあるかも」


「あとは何を描くのかね」


 そう言って、葵葉は笑うと小指を差し出した。


「忘れちゃダメだよ?再会する日」


「こんだけ言われて忘れたらやばいだろ」


「それもそうだね」


 2人で指切りをする。


 葵葉は両手を後ろに組むと、私の方をじっと見た。


「ミト、僕も頑張るね」


 何かを決心したような顔で笑った。


「ああ、頑張ろうな」


 何かを決めたのは分かった。

 けれど、何を決めたのかは聞かなかった。


 聞いてほしいことなら、葵葉は自分から話す気がした。

 話さないのなら、今は胸の内にしまっておきたいことなんだろう。


「……で、どこ行くんだ?」


「んー、とりあえずまっすぐ?」


「適当だな」


 住宅街の細い道を、二人でゆっくり歩いていく。


「散歩ってそんなもんでしょ」


「確かにね」


「あっ、こんなところに公園があるんだ。ちょっと寄ろうよ」


 そう言って葵葉は中に入って行った。


「わー、ブランコだ。懐かしい」


 葵葉は座るとぶらぶらと漕ぎ出す。


「久しぶりに乗ると楽しいね。ミトもやろうよ」


「私はいいや」


「えー、楽しいのに。って、あっ!」


 葵葉は驚いた声を上げると、急にブランコを漕ぐのをやめてブレーキをかける。


 飛び降りるようにブランコから降りると、入り口のほうへ駆け寄った。

 そして茂みの近くまで行くと、足を止めてしゃがみ込む。


「猫ちゃん、おいで」


 茂みの中では、黒猫が警戒するようにこちらを見ていた。


「怖くないよー。おいで」


 葵葉が呼ぶと、猫はふいっとそっぽを向いて離れていく。


「あー、行っちゃった」


 葵葉は残念そうに立ち上がった。


「猫好きなの?」


「好きだよ。動物が好き。ミトは?」


「私も好きだな。実家の近所にも黒猫がいるんだ」


「そうなの?」


「うん。触らせてはくれないんだけどな」


「へー」


「……あっ」


「どうしたの?」


「明日、実家に帰らないといけないんだった」


「そうなの?」


「ああ。年始に祖父母家で集まるんだよ。その準備で忙しくなるから一旦家に帰るんだ」


「へー。なら、明日はいつもよりも早く会って解散する感じの方がいいよね?」


「いや、晩飯食べてから帰るから大丈夫」


「あっ、そうなんだ。なら、いつも通りでいいんだよね?」


「そうだな。ただ、明後日は――」


 そこまで言って、言葉が止まった。


「ん?」


「いや、明後日は会えないんだったな」


「うん。明日で最後だね」


 最後。

 その言葉に、胸の奥が少しだけ重くなった。


 手の甲にある花数字を見る。

 そうだった。

 葵葉がこの世界にいられるのは、7日間だった。

 毎日、会ってたから当然明後日も会うものだと思っていた。


 手の甲から視線を上げる。


「明日はどこ行きたい?」


「んー」


 葵葉は少し考えてから笑った。


「海で絵を描きたい。絵しりとりしよ」


「絵しりとり?」


「うん。前はよくやってたから、久しぶりにしたいなーって思って。どう?」


「いいよ」


「ありがとう」


 葵葉は嬉しそうに笑った。


「僕、昼からはちょっと出かける予定なんだよね」


「どこに行くんだ?」


「僕の地元。田原へ」


「田原か」


「そー。せっかくなら見ときたいじゃん。地元の町を」


「私の父さんも、田原出身だよ」


「そうなの?」


「ああ。婿養子でこっちに来たからな」


「へー。なら、ミトと同じ学校に行ってた可能性もあったかもしれないね」


「そうだな」


 話をしていてふと、気になった。


「なあ、この世界にも葵葉はいるんだよな?」


「うん、いると思うよ」


「その葵葉も田原にいるのか?」


「えー、どうなんだろう?パラレルワールドによって違うらしいし」


「そうなのか?」


「うん。世界によって年齢が違ったり、住んでるところが違うこともあるんだって」


「へー……なら、葵葉の世界の私はどんなやつなんだ?会ったことないのか?」


「んー、会ったことあるよ。話したこともあるし」


 さらっと返されて、私は思わず足を止めた。


「あるのか!?」


「うん」


「そっちの世界の私はどんなやつなんだ?」


「んー、僕より年上で、眼鏡かけてて。あと、面倒見がいい感じ」


「面倒見がいい……」


「うん。なんか困ってる人を放っとけないタイプみたい」


 葵葉は思い出し笑いをする。


「へー。私とは全然違うな」


「そう?」


「私は面倒見よくないからな」


 そう言うと、葵葉は不思議そうに首を傾げた。


「ミトも面倒見いいじゃん」


「私が?」


「うん。だって、僕を放っとかなかったし」


「……あれは葵葉が声をかけてきたからで」


「うん。僕の方から声かけたね」


 葵葉は楽しそうに笑う。


「初めて会った時、逃げられないか不安だったなー」


「逃げようか迷ったけどな」


「そうなの?」


「ああ。でも、あんだけ手を振られたら逃げられないだろ」


「ははっ。確かに。あれだけアピールして、逃げられたらだいぶショックかも」


 笑いながら、葵葉は細い道の先へ視線を向ける。


「こっちは怖かったけどな」


「あー、幽霊だと思ったんだっけ?」


「そう」


 葵葉はミトの方へ振り返ると、少しだけ眉を下げて笑った。


「今思うと、だいぶ怪しかったよね僕」


「めっちゃ」


「めっちゃかー。手振り続けた甲斐あったなー」


「普通、初対面であそこまで手振らないだろ」


「えー、だって気づいてほしかったし」


 葵葉は少しだけ笑った。


 それから、住宅街の先へ目を向ける。


「あの時、逃げられなくてよかったな」


「ん?」


 葵葉は立ち止まると、じっとミトを見た。


「ミト、ありがとうね」


「何が?」


「色々。僕と話してくれて、毎日会ってくれて」


 葵葉は少しだけ笑う。


「約束も守ってくれて」


「あと、1日あるだろ?」


「うん。明日もよろしくね」


「ああ」


 それからまた、二人で住宅街を歩いた。


 葵葉は途中で見つけた猫にしゃがみこんだり、知らない家の表札を見て「かっこいい名字だなー」とか言ったりしていた。


 そんな他愛ない話を聞きながら、私は隣を歩く。


 冬の日差しはまだ高く、住宅街を静かに照らしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ