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3 カタクリ

「ミトの初恋はいつ?」


 突然そんなことを言われて、私は思わず振り返った。


「急に何?」


 堤防の上に立つ彼は、じっとこちらを見ている。


「んー、今日の花言葉が初恋だから聞いてみた」


 そう言って、葵葉は自分の手元を軽く示した。

 そこには、花数字の“4”が浮かんでいる。


「今日はカタクリって花。花言葉は初恋だよ」


 葵葉は堤防からひょいと飛び降り、私の隣に並んだ。


「駅までまだ歩くしね。話そうよ」


 そう言って、私の歩幅に合わせるように歩き出す。


 携帯の画面を見る。

 バス停までまだ徒歩30分はかかる。


「で、ミトの初恋はいつ?」


「初恋か……私は幼稚園のときだったかな」


「おお、早いね」


「そうか?葵葉は?」


「僕は13のとき」


「13って中2か。結構遅いな」


「まあね」


「てか、葵葉って何歳なの?」


「僕、16だよ」


「高2?」


「そう」


「先輩じゃん」


 てっきり年下だと思っていたので、まさかの年上で驚いてしまう。


「そうだよ。ミトよりも先輩だから敬ってね」


 葵葉はそう言って、私の一歩先を歩く。


「先行って道分かんの?」


 土地勘がないはずだが。


「……分かんない」


 彼は困ったように笑うと、すぐに私の横に戻ってきた。


「恋バナしようよ」


「恋バナ?」


「そう!してみたい!嫌?」


「……別にいいけど」


 恋バナをするのは別にいいが、これといって話せることもない。

 それこそ、誰かに恋をしたのはいつだったのか記憶もあやふやだ。


「じゃー、初恋の話聞かせて!出会ったきっかけは?どんなところを好きになったの?」


 葵葉のテンションが一気に上がる。


「幼稚園の友達なのは覚えてるけど、あとはあんまり覚えてないな。中学までは一緒だったけど、同じクラスにはならなかったし」


 その後も次々と質問され、私は覚えている範囲で答えた。

 とはいえ、記憶はかなり曖昧だった。


 初恋が彼だったことは覚えている。

 でも、どこに惹かれたのかまでは思い出せない。


「なら、今は?」


「いないな」


「じゃー、最後に好きになったのは?」


「確か……小学校だったかな」


「どこに惹かれたの?」


「どこ……笑顔?」


「なんで疑問系なの」


「覚えてないから」


 あまりにも答えられなくて苦笑が漏れる。

 私って、これほど誰かに興味を抱いてこなかったのか。

 そんなことを今さら実感する。


「葵葉は?」


「僕が好きになったのは一人だよ」


「一人?」


「うん」


「どんな子?」


「1つ年下の子だったよ」


「中学の後輩?」


 初恋が中学だと言っていたのでそう質問した。

 葵葉は少しだけ考えるようにしてから答えた。


「いや、違うよ。先生の友達」


「先生って絵の?」


「うん」


「その先生って、年下だったのか?」


「いや、年上だよ。僕の5歳上。病室で、その子とは出会ったんだよ」


 葵葉の先生は病気だと言ってたことを思い出す。


「お見舞いに来てたその子とたまたま会った感じ?」


「そー。それで、その子も絵を描く子だったんだ。だから、三人で会うといつも絵を描いてて、仲良くなってた。いつの間にか好きになってたな」


 少し照れくさそうに、葵葉は笑った。


「その子と今は会ってるの?」


「いや……でも、この前久しぶりに会ったんだ」


「そうなの?」


「うん」


「相変わらず優しくてさ」


 葵葉は少し笑う。


「あと、イケメンだった」


「面食いか」


「うん。目の保養は大事だよ」


「……確かにね」


 それからも、バス停まで他愛ない雑談をしながら歩いた。

 冬の海から吹く風が、静かな波の音を運んでくる。


 駅に着くと、赤い電車に乗車する。

 電車から降りると、バスに乗り換えて目的地に向かう。


 住宅街の細い道のりを進むと、ようやく目的地に辿り着いた。


「ここが……」


「そう。巨大万華鏡があるところ」


 受付でチケットを買うと2階に上がる。

 すると、個性豊かで独創的なガラス工芸の展示が広がる。

 繊細な作品が多く、一つ一つ時間をかけて鑑賞する。


 ゆっくりと回っていると、ついに1番の目的の場所に辿り着く。

 

「……凄い。これが入れる万華鏡」


 中に入ると視界いっぱいに模様が広がる。

 幻想的な体験ができると話題で、入り口には著名人たちのサインが飾られていた。

 テレビをあまりみない私ですら知ってるほどの有名人だ。


「うわー!」


 葵葉は中央まで進んでいく。

 その後ろをついていくように私も周囲を見渡す。

 ここにきたのは小学生ぶりだ。


 万華鏡の筒の中に入って見ているようで、不思議な感覚だ。


「綺麗だな」


 その言葉に頷いた葵葉は、


「面白い」


 と、感嘆の声を上げながら細部まで見渡すようにくるりと回転する。


 その際にも幾何学模様を作り出し、様々な色や模様の変化が起こる。


 同じ材料でも、見る角度で違う模様になるのだから面白い。

 

 万華鏡の世界を満喫する葵葉。

 その姿は、葵葉自身もアートに溶け込んで、一つの作品になったように見えた。


 一通り見終わると、葵葉はこちらを見た。


「ミト、連れてきてくれてありがとう」


「こっちこそ誘ってくれてありがとう。久しぶりにきたけど、面白いな」


「久しぶりなの?」


「ああ。友達がSNSに載せてるのはみてたけど……あ、写真撮ろうか?」


 有名なフォトスポットということもあり、みんなここで写真を撮る。

 だから提案してみたが、葵葉は首を横に振った。


「んー、撮りたいけどやめとく。聞いてくれて、ありがとう」


「どうして?」


 てっきり、撮りたいと答えると思ってたのでその反応に内心驚いてしまう。


「僕ら、この世界に痕跡を残しちゃダメなんだ。痕跡を残すと滞在日数が残ってても強制送還されちゃうんだよね。本当はいない存在だから、排除しようとする力が働いちゃうのかな」


「強制送還って……その場合は、元の世界に戻れるのか?」


「うん、戻れるよ」


 私は一通り写真を撮ると、万華鏡の中から出た。

 その後見た鏡の部屋も360°神秘的だった。

 壁も床も天井もガラス張りで、光と透明感を感じる幻想的な光景だった。


 私たちはその後もゆっくりと観覧して、ぐるりと一周まわると外に出た。


「はー、綺麗だったな」


「そうだな」


「いいところがあるね」


「だらー」


「うん」


「葵葉の地元はどこなんだ?」


「僕も愛知だよ。南の方で、海が有名なところ」


「そうなんだ」


「うん。僕、(ウミ)が好きなんだ」


 葵葉はくるりと回って、私の方を見ると立ち止まった。


「私もだ」


「ミトは他に何が好きなの?」


「他?」


「そう。何でもいいよ」


「他か……あとは、空も好きだな」


「空もいいよね」


「ああ、その二つは好きな色ってのもあるけど」


「好きな色?」


 私は葵葉に貸したコートを見る。


「ああ。私は、青が好きなんだ」


「青……いいよね」


 葵葉は一瞬だけ目を丸くした。


 それから歯を見せて笑うと、上機嫌に鼻歌を歌い始めた。


「機嫌いいな」


「そう?」


「さっきから鼻歌歌ってる」


「ミトがいいところに連れてきてくれたからね」


「気に入ってもらえたならよかった」


「うん、ありがとう」


 葵葉はそう言って、少しだけ空を見上げた。


「また来たいな」


「そうだな」


 そう答えると、葵葉は小さく笑った。


「帰ろっか」


「ああ」


 私たちは駅へ向かって歩き出す。


 来たときと同じように電車に乗り、いくつかの駅を過ぎる。

 最寄りの駅で降りると、住宅街の道を進んだ。


 やがて潮の匂いが風に混ざる。

 少し歩くと、視界が開けた。


 冬の海が静かに広がっている。

 波の音が、ゆっくりと耳に届いた。


「やっぱり、海好きだなー」


 葵葉はそう言って、海を見渡す。


「ここ、僕たちの集合場所みたいになってるね」


「そうだな」


 特に決めたわけでもないのに、

 気づけば私たちはいつもここで会っている。


「まあ、ここで初めて会ったからな」


「ん、そうだね」


 葵葉は海を見たまま、小さく頷いた。

 ほんの少しだけ、葵葉の返事が遅れた気がした。


 冬の波が、ゆっくりと堤防に打ち寄せている。


 それから少しして、葵葉は立ち止まった。


「今日はほんとありがとうね」


「ああ。こちらこそありがとう」


 葵葉はもう一度だけ、海の方を見る。


「それじゃあ、またね」


「また」


 葵葉は軽く手を振ると、堤防を降りて歩き出した。


 その背中が見えなくなるまで、私はしばらく海を眺めていた。


 冬の海は、昼の光を受けて静かにきらめいていた。

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