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3 カタクリ

 今日は葵葉のリクエストで、この辺りで有名なスポットへ案内することになった。


 海沿いの堤防を歩きながら、まずは最寄り駅へ向かう。


 冬の海は静かで、波の音だけが規則正しく耳に届いていた。


 しばらく波の音を聞きながら歩いていると、葵葉がふと思い出したように口を開いた。


「ねえ、ミトの初恋はいつ?」


 突然そんなことを言われて、私は思わず振り返った。


「急に何?」


 堤防の上に立つ彼は、じっとこちらを見ている。


「んー、今日の花言葉が初恋だから聞いてみた」


 そう言って、葵葉は自分の手元を軽く示した。

 そこには、花数字の“4”が浮かんでいる。


「今日はカタクリって花。花言葉は初恋だよ」


 葵葉は堤防からひょいと飛び降り、私の隣に並んだ。


「駅までまだ歩くしね。話そうよ」


 そう言って、私の歩幅に合わせるように歩き出す。


 ナビを見ると、駅まではまだ30分ほどあった。


「で、ミトの初恋はいつ?」


「初恋か……私は幼稚園のときだったかな」


「おお、早いね」


「そうか?葵葉は?」


「僕は13のとき」


「13って中2か。遅かったんだな」


「まあね」


「てか、葵葉って何歳なの?」


「僕、16だよ」


「高2?」


「そう」


「先輩じゃん」


 てっきり年下だと思っていたので、まさかの年上で驚いてしまう。


「そうだよ。ミトよりも先輩だから敬ってね」


 葵葉はそう言って、私の一歩先を歩く。


「先行って道分かんの?」


 土地勘がないはずだが。


「……分かんない」


 彼は困ったように笑うと、すぐに私の横に戻ってきた。


「それで?」


「ん?」


「初恋の話。もっと聞きたい」


「なんでだよ」


「いいじゃん。恋バナしようよ」


「恋バナ?」


「そう!してみたい!嫌?」


「……別にいいけど」


 恋バナをするのは別にいいが、話せるほどの経験もない。

 初恋の記憶だって曖昧なくらいだ。


「じゃー、初恋の話聞かせて!出会ったきっかけは?どんなところを好きになったの?」


 葵葉のテンションが一気に上がる。


「幼稚園の友達なのは覚えてるけど、あとはあんまり覚えてないな。中学までは一緒だったけど、同じクラスにはならなかったし」


 その後も次々と質問され、私は覚えている範囲で答えた。

 とはいえ、記憶はかなり曖昧だった。


 初恋だった相手の名前は覚えている。

 でも、どこに惹かれたのかまでは思い出せない。


「なら、今は?」


「いないな」


「じゃー、最後に好きになったのは?」


「確か……小学生の時だったかな」


「どこに惹かれたの?」


「どこ……笑顔?」


「なんで疑問系なの」


「覚えてないから」


 あまりにも答えられなくて苦笑が漏れる。

 私って、これほど誰かに興味を抱いてこなかったのか。

 そんなことを今さら実感する。


「葵葉は?」


「僕は一途だったよ」


「一途」


「うん。僕が好きになったのは一人だからね」


「一人?」


「うん」


「どんな子?」


「1つ年下の子だったよ」


「中学の後輩?」


 初恋が中学だと言っていたのでそう質問した。

 葵葉は少しだけ考えるようにしてから答えた。


「いや、違うよ。先生の友達」


「先生って絵の?」


「うん」


「どこで知り合ったんだ?」


「先生の病室で出会ったんだ」


 葵葉の先生は病気だと言っていたことを思い出す。


「お見舞いに来てたその子とたまたま会った感じ?」


「そー。それで、その子も絵を描く子だったんだ。だから三人で会うといつも絵を描いてて、仲良くなってた。いつの間にか好きになってたな」


 少し照れくさそうに、葵葉は笑った。


「その子と今は会ってるの?」


「いや、会ってなかったよ。でも、この前久しぶりに会ったんだ」


「そうなの?」


「うん」


 葵葉は目元を緩めて嬉しそうに語る。


「相変わらず優しくてさ」


「へえ」


「それに、すごくイケメンだった」


 葵葉はどこか自慢するように笑う。


「面食いか」


「うん。目の保養は大事だよ」


「そうだな」


 葵葉は満足そうに頷いた。


「久しぶりに会えて嬉しかったな」


「よかったな」


「うん」


 葵葉は嬉しそうに笑った。


 それからは恋愛の話もひと段落して、好きな場所や食べ物のことなど、他愛ない雑談をしながら歩いた。


 最寄駅に着くと、赤い電車に乗車する。


 空いていた席に座ると、葵葉はじっと窓の外を眺めていた。

 さっきまであれだけ話していたのに、今は何も言わない。

 ただ、珍しそうに窓の外を流れる景色を見ていた。


 電車が住宅街の中を走り抜ける。

 葵葉は時折視線を動かしながら、流れていく街並みを目で追っていた。


 やがて目的の駅に着き、私たちはバスへ乗り換える。


 昼間の車内は空いていて、二人並んで座ることができた。


 バスが走り出すと、窓の外には住宅や店が並ぶ見慣れた街並みが広がる。


「こういう景色見るの好きなんだよね」


 葵葉は窓の外を見ながら言った。


「普通の街だけどな」


「だからだよ。住んでる人の生活が見える感じがしてさ」


 そう言うと、また外へ視線を向ける。


 バスは道路を走り続け、いくつかの停留所を過ぎていった。


 やがて目的地の最寄りで降りると、住宅街の細い道を歩く。


 民家の間を抜けていくと、やがて目的地の建物が見えてきた。


「ここが……」


「そう。巨大な万華鏡があるところ」


 受付でチケットを買うと2階に上がる。

 すると、個性豊かで独創的なガラス工芸の展示が広がる。

 繊細な作品が多く、一つ一つ時間をかけて鑑賞する。


 ゆっくりと回っていると、ついに1番の目的の場所に辿り着く。

 

「……凄い。これが入れる万華鏡」


 中に入ると視界いっぱいに模様が広がる。

 幻想的な体験ができると話題で、入り口には著名人たちのサインが飾られていた。

 テレビをあまりみない私ですら知ってるほどの有名人だ。


「うわー!」


 葵葉は中央まで進んでいく。


 ここは小学生の頃に来たことがある。

 けれど、その時はただ綺麗だと思っただけだった。

 今見ると、光の重なり方や模様の変化に目が引き寄せられる。

 同じ場所なのに、見え方は随分変わっていた。


 万華鏡の筒の中に入って見ているようで、不思議な感覚だ。


「綺麗だな」


 その言葉に頷いた葵葉は、


「面白い」


 と感嘆の声を上げながら、細部まで見渡すようにくるりと回る。


 その動きに合わせるように、周囲の模様も次々と姿を変えていった。


 同じ材料でも、見る角度で違う模様になるのだから面白い。

 

 万華鏡の世界を満喫する葵葉。

 その姿は、葵葉自身もアートに溶け込んで、一つの作品になったように見えた。


 一通り見終わると、葵葉はこちらを見た。


「ミト、連れてきてくれてありがとう」


「こっちこそ誘ってくれてありがとう。久しぶりにきたけど、面白いな」


「久しぶりなの?」


「ああ。小学生ぶりだな」


「そうなんだ」


「友達がSNSに載せてるのはみてたけど……あっ、写真撮ろうか?」


 有名なフォトスポットということもあり、みんなここで写真を撮る。

 だから提案してみたが、葵葉は首を横に振った。


「んー、撮りたいけどやめとく。聞いてくれて、ありがとう」


「どうして?」


 てっきり、撮りたいと答えると思ってた。

 だから、その反応に驚いてしまう。


「僕ら、この世界に記録を残しちゃダメなんだ。写真とか、僕らがいた証として残ってしまうものね。一つでも残すと、滞在日数が残ってても強制送還されるんだ。本来はいない存在だから、この世界が排除しようとしてるのかもしれないね」


「強制送還って……その場合は、元の世界に戻れるのか?」


「うん、戻れるよ」


 葵葉は少しだけ間を置いた。


「でも、強制送還は嫌かな」


「嫌?」


「せっかく来られたんだし。予定より早く帰るのは嫌だよ。それに、まだやりたいことがあるし」


「やりたいことって」


「んー、たくさんあるよ」


 葵葉は少し考えるように上を見上げた。


「もっと色んな景色を見たいし、行ったことのない場所にも行きたい」


 それから、ふっと笑う。


「ミトとも、まだ話したいことがたくさんあるしね」


 そう言って笑うと、葵葉はくるりと振り返った。


「よし、次行こっか」


「ああ」


 私たちは万華鏡の展示を後にする。


 その後に入った鏡の部屋も、360°神秘的な空間だった。


 壁も床も天井も鏡張りで、光と透明感に包まれた幻想的な光景が広がっている。


「うわー、どこ見ても僕がいる」


 葵葉は楽しそうに笑いながら、鏡に映る自分へ向かって手を振った。


 無数の葵葉も同じように手を振り返す。


「ミト、見て。全員僕の真似してる」


 少し場所を移動しては辺りを見回し、また別の方向を覗き込む。


「すごいな、これ」


 そう言いながら、子どものように何度も鏡の中を見渡していた。


 その様子がなんだか微笑ましくて、私は思わず小さく笑った。


「何?」


 葵葉が不思議そうに振り返る。


「いや、楽しそうだなと思って」


「楽しいよ」


 葵葉は屈託なく笑うと、また鏡の世界へ視線を向けた。


 私たちはその後もゆっくりと観覧して、ぐるりと一周まわると外に出た。


「はー、綺麗だったな」


「そうだな」


「ミトの地元、いいところがあるね」


「だらー?」


「うん。こういう場所、僕の近くにはないからさ」


「そうなのか」


「うん」


「葵葉の地元はどこなんだ?」


「僕も愛知だよ。南の方だけど」


「へえ」


「海とメロンが有名なところ」


「ああ、あそこか」


「うん。僕、海が好きなんだ」


 葵葉はくるりと回り、私の方を向いて立ち止まった。


「知ってるよ」


「え?」


「あれだけ海を眺めてたら好きなんだなーって思うよ」


「バレてたか」


「バレるだろ」


「そりゃーそうか」


「ああ。私も海は好きだな」


「ミトは他に何が好きなの?」


「他?」


「そう。何でもいいよ」


「他か……あとは、空も好きだな」


「空もいいよね」


「ああ、その二つが好きな色ってのもあるけど」


「好きな色?」


 私は葵葉に貸した青いコートを見る。


「ああ。私は、(アオ)が好きなんだ」


「……アオ。いいよね」


 葵葉は一瞬だけ目を瞬かせた。


 それから歯を見せて笑うと、上機嫌に鼻歌を歌い始めた。


「どうしたんだ?」


「へ?何が?」


「機嫌がいいじゃん」


「そう?」


「さっきから鼻歌歌ってる」


「そりゃー、嬉しいからだよ。ミトがいいところに連れてきてくれたからね」


「気に入ってもらえたならよかった」


「うん、ありがとう」


 葵葉はそう言って、少しだけ空を見上げた。


「また来たいな」


「そうだな」


 そう答えると、葵葉は頬にエクボをつくる。


「じゃー、そろそろ帰ろっか」


「ああ」


 私たちは駅へ向かって歩き出す。


 来たときと同じように電車に乗り、いくつかの駅を過ぎる。

 最寄りの駅で降りると、住宅街の道を進んだ。


 やがて潮の匂いが風に混ざる。

 少し歩くと、視界が開けた。


 冬の海が静かに広がっている。

 灰色の海面が淡く光を反射していた。


「やっぱり、海好きだなー」


 葵葉はそう言って、海の向こうへ視線を向ける。


「ここ、僕たちの集合場所みたいになってるね」


「そうだな」


 特に決めたわけでもないのに、

 気づけば私たちはいつもここで会っている。

 

「まあ、ここで初めて会ったからな」


「……ん、そうだね」


 葵葉は海を見たまま、小さく頷いた。

 冬の波が、ゆっくりと堤防に打ち寄せている。

 それから少しして、葵葉は立ち止まった。


「今日は、ほんとありがとうね。凄い楽しかった」


「ああ。こちらこそありがとう」


 葵葉はもう一度だけ、海の方を見る。


「それじゃあ、またね」


「ああ」


 葵葉は軽く手を振ると、そのまま歩き出した。


 葵葉の背中が見えなくなってから、私はしばらく海を眺めていた。

 冬の海は、昼の光を受けて静かにきらめいている。

 その光を見つめながら、私は今日一日のことをぼんやりと思い返していた。

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