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天はあまねくものを照らす  作者: 藍砂 しん


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39.湖畔の民と盟約

集落の入り口に近づくと、数人の男たちがこちらを警戒するように立っていた。

彼らは皆、湖の水を思わせる深い青の麻布を身につけ、日焼けした顔つきは精悍せいかんだ。

複数の飴色の瞳が一斉に馬車を操るカルナに向けられている。

カルナは馬車を止め、男たちに話しかけた。


「Marinos-ta selu mira ne.

Selu-o naraiya. Irua, sena ta nuu kara miha.

Fuyu-ya sari-nu taar-na」

「……Yar-saara kotu yara-ya?

Miha-saara toru-na. Koko into-ra, naga-saara ria-tei nu. Shimae, mate」

「Ria-na.Ture wa ida ko-to.

Yasu-rei yara-tei saar」


アルは先ほどの叔父の言葉を思い出した。

訛りがある話し方というより、意味が一切分からない。

叔父と言葉を交わした男が、代表するように一行の方へと歩み寄ってきた。

二十代半ばといったところだ。

よく鍛えられている腕っぷしの強そうな男だった。

ただ、背丈は叔父より頭一つ分ほど低い。

数人の男たちの中で背が低いように見受けられなかったため、この集落は小柄な種族のようだ。


「王都からのお客人ヨ、村に何の用ダ?」


語尾に独特の抑揚がある喋り方だが、今度は意味が通じた。

カルナは笑顔を浮かべ、今度はアルたちにも分かる言葉で返した。


「マールヴェルだ」


その一言がもたらした変化は絶大だった。


「ッ、マ、マールヴェル!」

「Haru !」

「Zarh lo-en!」


近づいてきた男が叫び出し、それに応じて背後の男たちが集落の中に叫びながら、駆けていく。

丸太と編んだ枝で壁、葦の干し束で葺いた屋根。

小屋から女や子どもが顔を覗かせている。

大声で走る男は、そんな人々に叫んだ。


「Ma’rvel sha!」


マールヴェル、ということはアルにも聞き取れた。

その瞬間、集落のあちこちから爆発するような歓声が上がった。


「Rhalen!」

「To’na Lûmar-na!」


老若男女問わず、次々と小屋から人々が出てくる。

そして、泣き叫びながら、樹海に向かって祈りを捧げている。

この突然の狂乱状態を叔父は予想していたのだろう。

憎らしいほど、涼しい顔で前を向いている。


「Sarl vek!」


集落の最も奥。

その小屋に男たちが殺到しようとしたまさにその時、小屋から一人の男が姿を現した。


遠目からでも分かる。

その男は戦士だった。

筋骨隆々と、盾と短槍を備え、ひと振りで相手を黙らせるような雰囲気をまとっている。

混沌とした場を一瞥いちべつし、一言。


「Sarl vek」


それだけで半ば恐慌状態にあった村人たちは落ち着きを取り戻した。

何も知らないアルでも分かる。

彼が、この集落の長だ。

大股で近づいてきた長は、無言でカルナの前に立った。

迫力ある男だが、やはりカルナと比べると手のひら一枚分ほど低い。

向かい合った長と叔父は、同時に同じ所作を行った。

(てのひら)を自身の胸の前で軽く重ね、相手の足元へ一瞬だけ視線を落とした。

長であろう男が、にやりと口元に笑みを浮かべる。


「よく来てくれタ」

「誓約と共に」


一行は集落へ受け入れられた。




「説明が足りないと思う」


アルがこの台詞を伝えるのは、もっぱらガスパル相手のときだった。

些細なことを気にする性格ではないアルだが、様々な出来事に巻き込まれ続け、圧倒的に口数の少ない老爺に苦言を呈すことはあった。

ただ、伝えたとて老爺が意に介すことはなく、徒労に終わった。

目の前の叔父はどうだろう。


「ふむ」


叔父はその淡麗な面差しを周囲に向けた。

アル、フェリクス、ゼスの視線を受けて、全員の総意であることを確認する。

ブレイドと馬車の馬を集落でつなぐので、しばし小屋の中で待つようにと族長の小屋へ通された。

ここからしばらくは余人を交えず会話する機会はない。

ガスパルで慣れているとはいえ、一言物申したい。

しかし。


「実施で体験したほうが理解が早いだろう」


叔父の返しで、アルは理解した。

これはガスパルと同じ基本姿勢だ。


『己で学べ』


本気で必要な情報は渡していると思っている。

なのでいくら言っても待遇が改善することはない。

知らないことは己で調べた上で分からないことは聞く。

答えてくれるかどうかは不明。

答えたとして、それが真実かはさらに不明。

無意識に同じ体験をしてきた幼馴染フェリクスを見ていた。

引き攣った表情をしながら、少年は肩をすくめた。

アルの気持ちと完全に同調している。


「んー、そうは言っても、何も知らないままで姫さまがまた暴走しても、収拾つかない事態ことにならない?」


人を暴走癖があるかのように言うゼスもどうかと思うが、知っていれば選択肢が変わることもある。

叔父は少し考え、告げた。


黒革の頭巾(それ)は被ったままでいい。

聖なる湖の湖畔に住む一族だ。

彼らに湖の状態を確認するのが一番確実だ。

マールヴェル家と彼らは古くからの盟約がある。

共に歩んできた、長い歴史がな」


言っている意味は分かるが、情報がどうつながっているのか分からない。

断片的に情報を出すのは、頭のいい人間に共通する癖なんだろうか。

アルが諦めの吐息をついたとき、出入り口が開いた。


「待たせたナ。

我ラの母なる湖がいまどうなってるか、一番詳しいのはオレダ。毎日、様子を見て間近で祈りを捧げていたからナ」


振り返ると、湖の守人の長が立っていた。

焦げた濃い飴色の瞳は、薄闇でもぎらりと光った。

視線を一巡させ、アルと目を合わせた途端、ピタリと止めた。


「で? マールヴェルがいまここにきた理由は、こいつらってカ?」

「いかにも」


戦士たる男が一点に定めた視点は揺らぐことはない。

発言者は叔父だが、アルから視線を動かすことはなかった。

獰猛な獣が獲物を見つけたような目線で、まだ舌なめずりをしていないのが不思議なほどだ。


「坊主、お前は何者ダ?」

「──わたしは」

「私の姉の子だ」


アルの発言にかぶせ、叔父カルナが端的に関係性を言い表す。

カッと、族長の目が見開いた。

ぐるりと音が鳴りそうな勢いで、カルナに向き直る。


「Vahrn’sa!」

「Aa」

「ven’ah. Seles’tariah ver’dan」

「Aa」

「Kotu-na, vera-saara ya?」

「Fin-na miha-tei. Naru, va-kai rûn」


アルの耳にはこれまた族長の「セレスタリア」しか聞き取れない。

しかし、叔父が「アー」と発言するのは、肯定を意味するのだろう。

この会話も、意味が分かれば状況の把握ができるが、自分で学べばよいと突き放されそうな予感がした。


さしづめ「セレスタリアの姫か」「そうだ」というあたりだろうか。


アルに自覚はない。

黒革の頭巾ぼうしにすべての髪を包まれた姿が、性別判断不能になっていることを。

そして、女性というにはいささか言葉遣いが少年寄りであることを。

王都からの立札は、湖の守人の里にも洩れなく配布され、三年にわたって掲示され続けていたことを。

──銀の髪、紺の瞳に星の輝きを持つ()()を見つけた者は、速やかに申し出ること


だから族長である男が、カルナにした正確な問いは「セレスタリアの後継か」であった。

それに肯定するカルナも、誤解を正すことはない。

ざっと族長はアルの前に片膝をついた。

右手を自分の心臓の上に軽く当て、左手を胸の前でゆっくり開き、掌をアルへ向けた。

目線を下げ、短い言葉を発した。


「Naal-vei. Seles’tariah-sa rael」


何を言っているのか、分からない。

敵意がないことだけは分かった。

それが正解かは分からないが、男の掌に右手を乗せた。


「アルです」


乗せられた手を族長は推し抱くように、左手も添えた。


「ヴァルク。ヴァルク・カロルでス。殿下。

この地に、この時に来臨くださったこと、感謝しかねェ。オレら守人もりびとのためにも……まっこと、ありがてェ話でス」


族長、ヴァルクは真摯な目でアルを見た。


「殿下。オレは口は悪いが、嘘はつかん。

あんたが生きててくれて、本当に助かル」


生存を危ぶまれるような状況に陥ったことのないアルにしてみれば、若干居心地が悪いが、喜んでくれているのはありがたいような気がする。

だが、そこで踏み込んできたのは、アルの相棒だ。


「何を期待してのことか分からねえが、危険があることをさせるつもりなら、許さねえ」


族長ヴァルクが「ああん?」とでも言いたげに柄悪くフェリクスをめつけようとして、気がついた。


「Nokstarn-ya!」

「Aa」


これはアルにも聞き取れた。

ノクスターン、と発音していた。

アルがセレスタリアと言われたように、フェリクスは森の老婆にノクスターンと言われていた。

続けて、族長ヴァルクはゼスを見た。

そしてまた叫んだ。


「Silvan-rah’ta-ya!」

「Aa」


これは何を言っているのかは分からなかったが、叔父が相変わらず肯定しているところを見ると、森の護りの一族だと気づいたのかと予想できた。

族長ヴァルクは表情豊かなようで、言葉が通じずとも心の機微は手に取るように分かった。

子どものような裏表のない笑顔で、彼は言った。


「よし! 今から行こウ!」

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