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後悔

大通りの真ん中辺りが騒がしく、賑やかというよりは、どこか困惑したような人々が見て取れる。

そして、その中心には見覚えのある青い髪が見え隠れしている。


「なぁ、もしかしてあれって……」


「どういうことだ?劇場の中でしかお目にかかれないはずだが」


何かに追われているような険しい表情で、人混みをかき分け近づいてくる少女。

その後ろを注視してみれば、ここには似つかわしくない鎧を着込んだ者が複数で追いかけている。


「もしかして、逃げ出したんじゃないか?」


「みたいだな。……変なことは考えるなよ」


少女が目の前を走り抜ける。涙を流しながら、悲しみだけを残して進んでいく。

ついには、前方から回り込んだ奴らに追い詰められたようだ。

捕まるのは時間の問題。

彼女はまた、あの劇場に後戻りするのだろう。


―――心の中で何か熱いものが弾ける。

これは、元の世界で謂うところの、家畜へ同情して連れ出すような馬鹿げた行動かもしれない。

この国のことを知らずに行動すれば痛い目に遭うと学んだはずなのに。

それでも、人間に絶望し、変わりたいと思ったのなら、ここは引くべきではない。


「ジュノ、今までありがとう」


「は?」


決心してからはあっという間だった。

少女を囲む兵士の一人に思いっきり体当たりを食らわせる。

そして、自分でも驚くほど衝動的に体が動き、少女の手をとり逃げる。

これもただ、自分が変わりたいがために少女を巻き込んだ身勝手な行動かもしれない。

だが、今だけはこの歪な世界を壊すために、自分の意志に身を委ねていたい。

とにかく、外を目指そう。


段々と周囲の情報が入らなくなり、残るのは地面を踏みしめる足と少女の手を握る感覚のみ。

社会の通念や正義から大きく外れた行為。

今の心の中には後悔ではなく、どこか歓喜に似た想いに満ちていた。

生まれて初めて、自分の足で走り始めた。


「うぅ、う」


暴走気味の頭にわずかな音が響く。

言葉にはならないような聞き覚えのある声に足を止める。


これは、少女の声だ。

その姿を確認すると、肩を上下させひどく息を切らしている。

ああ、この娘のことを何も考えていなかった。

城下町から必死に逃げてきたのだろう、こうなるのも当然だ。

だが、追いかけられている今、ここで立ち止まる訳にはいかない。

迷っている時間はない。

体力に自信はないが、この手段しか残されていないだろう。

少女の体をお姫様抱っこの要領で抱え上げる。


「う~!」


驚いたのか嫌がっているのかわからないが、そのまま走り出す。

その体は予想したよりも非常に軽く、人間とは全く違う生き物だと認識させるほどだ。


壊れそうな体を大事に抱え走り続けるが、俺の息が切れる頃には目の前の道は塞がれ、いつの間にか後方にも隙間がないほど銀色の塊が接近してきている。

一人の少女にここまで執着する統率の取れた動き。

明らかに大きな力が動いている。


能力を使うべきか?

いや、この数相手に逃げる方法も思いつかない。

しかし、ここまで来て何もできませんでした、では話にならない。

立ち止まっている暇もないが、どうすれば。


―――嘶きが響き、目の前に白い影が現れる。


それは忘れもしない、馬に似た動物に騎乗した、セミスさんの姿だった。


「何をしている、早く乗れ!」


状況を掴めずに棒立ちしている自分に彼女が怒鳴る。

周りを囲む兵士も、セミスさんの素性もわからない。

だが、今は彼女のあの優しさを信じるしかない。


抱えている少女を先に乗せた後に飛び乗る。

不格好にはなったが、何とか跨ることができた。

それと同時に勢いよく発進し、馬は前方にいる兵士の上を大きく跳ねた。

そのまま出口まで走り続け、時には迫る兵士を蹴散らし、この国から脱出する。


一段落ついたところで色々と質問しようとも思ったが、外に出ても止まることはない。

むしろ、障害物のない草原でよりスピードを増しているようにも思える。

その何かに焦っている理由は、すぐそこまで来ていた。


視界が上下になる中、右側の前方に目を凝らすとこちらへ近づく集団が見える。

だが、それが何かを確認するより先に風切り音のような高い音が耳に入り、俺たちの身体は宙に放り出された。


成す術もなく地面に落とされる。

幸い、そこまで大きな痛みもない。

急いで状況を確認すると、馬を射抜かれたようだ。


「もう追いつかれたか」


弓を携えた兵士およそ十人。

鎧を纏った動物に騎乗し近づいてくる。


「早く逃げましょう!」


「いや、そうもいかないようだ」


彼女が次に視線を向けたのは後方。

どうやら挟まれたようで、黒い鎧の兵を先頭にした部隊が近づいている。

十分に射程圏内なのだろう、一定の距離を保つ弓兵達。

後ろのもう一部隊はすぐ傍まで来ている。


「……グラウィス!」


弓兵とは反対側、巨体の黒い鎧を彼女はにらみつける。

他の兵とは明らかに存在が違うそれは、圧倒的な威圧感を放っている。


「久しぶりだな、お嬢さん」


「ああ。貴様まで呼び出されるとは、よっぽど私たちが憎いようだ」


「どうやらそうらしいな。悪いが、貴様らはここで死んでもらう」


その男は地面に降り立ち、巨大な体と同程度の大きさを持つ剣を抜き放つ。

そして躊躇いなく、薙ぎ払った。

しかし、それがこちらに届くことはない。

セミスさんが間一髪の早業で防いだのだ。

だが、その顔に余裕の色は全くない。


「ユウ!トルテを連れて逃げろ!!」


そう言われても、二人の剣戟から距離を取るだけで精一杯だ。

後ろには、弓兵たちが控えているんだ。

逃げ道のない緊張状態で、どうすればいいか考える。


―――どう考えたって逃げられない、そう膠着してしまった頭に柔らかな旋律が流れ始めた。

何事かと音のなる方を向くと、こんな状況で傍の少女が歌っている。

そして少女は歌いながら俺の右手を両手で包み、真っ直ぐにこちらを見つめている。

何なんだ、俺にどうしてほしいんだ。

ただでさえ焦る状況なのに、こんなことまで起きてしまうなんて。


だが、理解できないといってもこの状況で歌う筈もない。

この行為には何か必ず意味があるはず。


知恵を絞り、一つの言葉を思い出す。


「この能力は、相手に道を通すもの」


断片的な情報をもとに、頭から握られた右手に道を通すイメージで呟く。

この少女の名前を。


「トルテ」


―――力が、溢れだす。

地に根が張り、そこから力を吸い上げている感覚。

彼女の歌にそのような力があるのかはわからないが、確実に俺の感覚は研ぎ澄まされている。


「まずい、撃て!!」


戦闘中にも関わらず黒い鎧が叫び、それを合図に弓兵たちが構えを取る。

途端に、相手を殺す具体的なイメージが黒い閃きとなって訪れる。

そして、それが鮮明になればなるほど、俺の心の迷いは大きくなっていた。


おそらく、この能力は相手の弱点を言葉で表してを突くようなものではなく、相手がイメージしたものを形にして跳ね返す力だ。

言葉の通じない化け物相手であろうと、向こうからこちらへ通した殺意という道ができれば、後はそれを形にして返すだけ。

こちらでわざわざ道を作らなくていい分、簡単な作業だ。


だが、そう簡単に殺すことなんてできない。

殺しを正当化できることなんてないだろうけど、それでも、もう少し時間が。


―――俺の理性に関係なく、左手は構えを取った。


「貫け!!」


矢を放ち、相手に刺さり、必ず仕留めるというイメージ。

それは今まで以上に鮮明に、強い光となって左手から放たれる。

相手が放った矢を飲み込み、無数の矢に形を変えた力は兵士達を一人残らず貫いた。


―――その瞬間、道を通して彼らの人生の思い出が頭の中に逆流してくる。

走馬灯のように流れ、それは全身を内側から打ちつけ、俺は膝から崩れ落ちた。


「何をぼさっとしている、逃げるぞ!」


誰も、動かない。

俺が、命を奪った。


「いい加減にしろっ!!」


セミスさんに頬を殴られ、目が醒める。


「余計な感情は後回しだ、行くぞ!」


足に力を込め走り出す。

そして、弓兵達が乗っていた生き物を無理やり従え、脱出に成功する。


「……くそ、お嬢め。こんなところで力を使いやがって」


「追いかけますか、グラウィス様」


「いや、いい。あの男の能力もわからない状態でお前たちまで失いたくはない。ジジイには適当に伝えておくさ」



******



移動中、ずっと人を殺したことが頭の中をぐるぐるしていた。

どこかアニメの中にいたような浮ついた気分があったのかもしれない。

もちろん、自分が死ぬことに関しては初めの方で実感させられた。

だが、殺すことについては何の覚悟もしないまま、誰かに与えられた能力であんなにあっさりと。


相手は殺すつもりだった。

だから、とっさにそれを利用して殺した。

生きると決めて、自分で少女を助けたのなら、あれが最善だったはず。

いくらそう考えても、真っ直ぐと前を向くことはできなかった。



******



海と船が見える、おそらくは港町に到着する。

彼女が馬から降りる行為に倣い、自分も続けて飛び降りる。


「トルテ、怪我はないか」


大事なものを扱う様に少女を馬から降ろすセミスさん。

少女の方も明らかに懐いた様子で彼女にくっついている。

状況はまだ把握できていないが、どうやら助けることが目的だったようだ。


「しかし、まさか君だったとはな」


「……はい」


再会を喜ぶ気にも、今までの経緯を質問する気にもなれない。

だが、そんなことを気にかけている場合ではないのだろう、彼女は話を進める。


「私たちは今からこの大陸を出ようと思う。君は、どうする」


「……どうすれば、いいんですかね。俺はもう、犯罪者ですから」


「ああ。ここに留まれば、どうなってもおかしくはない」


別に、殺されるのならそれでもいい。

そう思ってしまうくらい、俺の頭は働かなくなっている。


「今から私達が行く場所は人間にとっては過酷な所だ。それでも共に来るというのなら、止めはしない」


彼女は、優しい。

こんな抜け殻状態の俺を見捨てずに、そう提案してくれる。

それに応えようとはするが、身体が上手く動かない。


何もしなければ、命の奪い合いのある世界に踏み入ることもなかった。

だが、あのまま何もせずに見過ごすのは自分自身が許せなかった。

そんな自問自答を繰り返し、迷い続けている。


「―――ん、んっ!」


近づいてきた少女に手を引っ張られる。

まだ出会って間もないのに、恩を感じてのことだろうか。

正直、俺が助けたと言えるほどのことはしていないが。


「どうやら、決まりのようだな」


その瞳の澄んだ色は俺の罪や迷いをすべて吸い込むようで、自然と足が前に進む。

誰かに必要とされるのなら、まだ生きる価値はあるのかもしれない。

気持ちは晴れず、悩みを抱えたまま、オレンジ色の海に浮かぶ船に乗った。



******



夜。

甲板の手すりに手をつき、先の見えない闇をただ見つめる。

食事をとった後眠りにつこうとしたが、余計な考え事が散りばめられ目が冴えてしまった。

気分転換に外に出てはみたが、それでも気分は晴れない。


「眠れないのか」


いつの間にか、セミスさんがすぐそばまで来ていた。


「誰かを殺したのは、初めてか?」


「……はい」


やはり、気づかれていた。


「俺が、殺してしまった。家族、友達、恋人もいたんだ。いくつもの輝かしい未来を、閉ざしてしまった」


あれを見なければ、ここまで悩むことはなかったかもしれない。

今でもそれは、頭にこびり付いて離れない。


「気休めかもしれないが、戦場に出たものはいつ死んでもおかしくない。殺し殺されは当たり前の世界だ」


「でも、自分勝手ですけど、それでも嫌だったんです。それに、一番嫌なのは、どこか他人事と割り切っている自分もいることなんです……」


人を殺したことよりも、自分が生きている安心感の方が勝っていた。


「……結局、俺はあいつらと何も変わらない。俺が嫌っていた人間と、何も変わらないんです」


情けなくて涙が出そうになる。

これに絶望して死んで、何も変わっていないのに身勝手に生きようなんて思って、あんな過ちを犯すなんて。

異世界だったら何かが変わるかもしれない、それが間違いだったんだ。


「……そうか」


頭に手をのせられ、軽く撫でられる。


「全てを分かった気になって忘れてしまうより、悩みながら抱え続ける方が難しい。どちらが正しいかはわからない。

だが、答のないことに対してそうあり続けるだけでも、立派だ」


暗闇に響く波の音が、聞かれたくはない嘆きをかき消してくれる。


「慌てるな。まだ先は長い」


その言葉だけで、心は幾分か軽くなった。

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