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下船した後、そそくさと立ち去る船を見つめる。

セミスさんが大金をちらつかせ、無理やり連れてきたのは知っていたが、

その慌て様から、ここは人間が近づかない場所であるとはっきり実感させられる。


だが、後ろを振り返っても、人間を襲うような化け物も環境の悪さも窺えず、自然が溢れるのみ。


「さぁ、行くぞ」


何度か来たことがあるのだろうか、慣れた様子で二人はさっさと歩き始める。

俺はその後を恐る恐るついて行った。



******



澄んだ空気に程よい光が差し込む木々の中、心地の良い音楽が流れている。

非常に上機嫌で、歌を謳い前を進んでいるトルテという少女。

悲痛な色は一切なく、心地よい癒しを与えてくれる。


「どうしてあんなに上機嫌なんでしょうか」


「元々、フォニム族は自然の中で生活していた生き物だからな。今の環境が適しているのだろう」


苦虫を噛み潰したような顔でそう答える彼女。

ジュノから聞いた話を思い出せば、そうなってしまうのも頷ける。

……彼女があの国で地位の高い人であれば、何か関わりがあるのだろうか。


「やはり、気になるか」


「え?」


「薄々勘付いているだろう。あの国で、私が立場を持っていたことに」


そう、彼女があの国の兵士だとすれば、何かしらの罪があるのかもしれない。

しかし、今はそんな話、必要のないことだろう。


「いや、別にいいです。俺は自分の目で見ている、今のこの光景を信じます」


「そうか。ありがとう」


上辺をなぞった精一杯の言葉に、はっきりと澱みもなく礼を述べるセミスさん。

本当は手に余ることに巻き込まれないように、深く事情を知る覚悟がないだけだった。

あの件以来、俺の心はぐらついたままだ。


「そ、それで、これからどこへ向かうんですか」


「……そうだな」


珍しく歯切れの悪い言葉の先を待つが、そこで一旦話が途絶えてしまう。

立ち止まった彼女を見ると迷いの表情があった。

到着すればわかることなのに、どうして戸惑う必要があるのだろう。


「わう!」


立ち止まった俺たちをトルテが急かす。

空気を読んだのではなく、好奇心に身を任せ先へと進む子供のような感情なのだろう。


「話はあとにしよう」


「……はい」


色々と聞きたいことはあるがこの空気で質問するのは難しいようだ。

話さない状態のままでは、昨日のことが顔を出してしまうというのに。

なるべく思い出してしまわないように、音楽や景色に集中し思考を止めながら再び歩き始める。


そして、時間が経つにつれて周囲の様相は変わり、倒木や爪跡が現れるようになった。

凶暴な生き物がいるのではないかと心配したが、他の生き物の気配は全くなく、彼女らが慌てる様子はない。

心配しながらも進む間に、日差しが真上から降り注ぐ開けた場所に到着する。


「ここだな」


「え?」


誰かがいるわけでも、何かがあるわけでもなく、相変わらず植物が生えているのみ。

木の枝や石などが散乱し、野生動物がいたような形跡はあるが、まさかこれを目的とするはずもない。


「……ふぅ。君に話すかどうか迷っていたが、伝えなければならないことがある。

少し長くなるから、座って話そう」


おそらくは、先ほど聞きそびれたことを話してくれるのだろう。

ここは素直に、手近な倒木に腰を掛ける。

ただ、その前に一つ、確認しておかなければならない。


「その前に、俺はどこまで関わっていいものでしょうか」


これは純粋な俺の恐怖だ。

最初は世界を敵に回してでも心の向くままに前進しようと心に決めていた。

だが、そんなものは既にどこかへと消え去っている。

そんな状態で、彼女がこれから成そうとすることを聞いて、抱えきれるのだろうか。


「いや、君がこの娘を助けた時点で無関係ではいられなくなった」


「……わかりました。話を、お願いします」


彼女は真剣に話し出す。


「アンフェール国がある大陸は元々、ここと同じような場所だった。

自然と信仰が生きる場所。だが、様々な生命が息づく中で人間が生まれ、事態は急変した」


人間、か。


「人間はすべてを支配しようとした。執念と欲望であっという間に自分たちの都合のいい世界に作り変えてしまったんだ」


「今も、続いているんですよね」


「ああ。他の大陸が侵略されるのも時間の問題だ。私はそれを止めなければならない」


まるで自分に言い聞かせるように強く発言する彼女。


「止める、ですか。どうして」


「私が私であるためだ」


私が私であるため。

詳しいことはわからないが、自分らしくあるために戦っているのだろう。

だからこそ、俺はこんなにも惹かれている。


「……そろそろ、向かうか」


「あの、何もなさそうなんですけど、ここが目的地なんですか?」


「ああ。あそこに門があるだろう」


示された方向を注意して確認すると、背景と一体化している木や蔓が複雑に絡まったアーチのようなものがある。門とは、これのことだろうか。


「でも、奥には何もなさそうですよ」


ただ単に門があるだけで、道が続いている訳でもなく、その奥には木々があるだけ。


「説明するのは難しいが、行けばわかるさ」


とりあえず、歩き出した彼女について行き、言われた通りに門を通る。

すると、一瞬で世界が切り替わる。

先程までの殺風景な林とは真逆の、明るい緑の植物や色とりどりの花が咲く景色へと。


「え、えっと、これって、どういうことですか」


「私も原理まではわからないが、先程とは全く別の空間にある秘境らしい。しかし、いつもと様子が違うようだが」


この状況に置いて行かれそうになるが、二人の様子を見ると危険はなさそうだ。

そのまま奥へと進むと、一際輝く祭壇あのようなものが現れる。

どこか踏み入ってはいけないような静謐で神々しいものを前にし、息をのむ。

祭壇ではなく、そこに鎮座するものに対して。


衣装を身に着けた部分まではわからないが、顔や四肢が緑の鱗に覆われ、角と羽が生えた生き物が座っている。

どのように形容すればいいだろうか。一番しっくりくるのは竜人のような言葉か。

人と呼べる部分は体の形と、緑に映えるオレンジ色の長い髪が生えているくらいだが。


見たことのない生き物はいくつか見てきたが、それらにも増して異質だ。


「汚らしい人間がいるな」


目は閉じたまま、口を動かした生き物。

動作を注視して発せられた言葉の理解が遅れたが、これは俺のことを言っているのだろうか。


「こんなところにまで連れてくるとは、気でも狂ったか、セミスよ」


どうやら間違いなさそうだ。しかし、セミスさんも人間のはずだが。


「彼は人間ですが、そう一括りにするのはいかがかと」


「何を言っておる。貴様から見て、蟻の一匹一匹の違いが分かるか?性質が違うと思うか?」


「ええ、違いますとも」


彼女は庇ってくれているようだが、明らかに自分は場違いなのだろう。

視線すら送られていないものの、その言葉には棘がある。


「相変わらず甘いな。もしや、馴れ合っているのではないだろうな」


目が開かれ、はっきりと殺気が飛んでくる。

事情がさっぱり分からず傍観していた自分を、事の中心に引き込むほどの殺気が。


「もう一度同じ轍を踏むつもりか。存在自体が罪の人間を信じて痛い目に遭ったことを忘れたか」


「……忘れるはずもありません」


「全く、連れてくるのは星の子だけでよかったというのに」


険悪な空気が漂っているが、このまま彼女に庇ってもらうばかりではどうにもならないだろう。

意を決して、自分の胸の内にある言葉で立ち向かってみる。


「種族で決めつけるなんて、それこそ人間的な考え方じゃないですか。

俺はもっと、人間らしさとは離れた別の生き方をしてみたい。だから、今ここにいるんです」


ほとんどは流された形でここまで来てしまったが、何の考えもなしに来たわけでもない。

少しくらい自分の意思を表明しなくては。


「それが迷惑だというのが分からんのか。何かを殺さなければ生きていけない生き物なぞ、どう考えても欠陥じゃ」


「それは。……そうですね」


「いや、分かっておる。変化の過程に犠牲はつきものであると。

しかし、人間は他の生き物に停滞を与え、都合のいい世界のために様々なものを踏みにじった。

この恨みはそうやすやすと消えるものではない」


初対面で責められる理由は定かではないが、言っていることはなんとなくわかる。

だからこそ、これだけははっきりさせなければならない。


「変わって見せますよ。そのために、俺はもう一度やり直したんだ」


まだ認められたわけではないが、少しだけ空気が弛緩する。

その隙をついてセミスさんは話し出す。


「ダフネ様。それよりも、ここに住む生き物はどうしたのですか?全く姿が見当たらないのですが」


「ああ、すべて別の場所に逃がしたよ。死を選んだものも多数いたがな。

急に現れた化け物、そして着々と侵略を進めている人間ども。その二つに挟まれては、どうしようもない」


彼女の表情が驚きに変わる。


「知らなかったのか、とうに戦争は始まっていると。だが、それは些末なことに過ぎない。

この大陸をくれてやるくらい、問題はない」


「……まさか」


話は暗雲のように留まることを知らず広がっていく。


「よいか。人間との争いなぞ些末な頃じゃ。この世界の命運を賭けた審判は始まり、すでに結果は出ておる。独善的な人間、物言わぬ自然、魂のない機械、目を閉じた魔法使い、そのどれもが存在するに値しないと判断された。世界はもう、終焉に向かっておる」


「あまりにも急ではないですか。まだ、時間はあるはずでは……」


「既に数千の時を経たというのにか。いや、いくら時間が経とうが変わることはないだろう。

皆、進化よりも安定を望んでいるのだからな」


人間との争いから、ずいぶんと飛躍した話になり困惑する。


「あの、口を挟むようで悪いんですけど、終焉とはどういうことですか」


「実に人間らしい質問だな。自分が住む場所のことさえ知らないとは」


嫌味を孕んだ直球の言葉。

人間というだけで相当嫌われているようだ。


「世界の至る所で様々な綻びが生じている。君が見た異形の化け物も、おそらくはそうだろう。

他にも、とある島が一夜にして消滅したり、正体不明の黒い穴が生まれたりと、不可解なことが起きている」


セミスさんがわかりやすく補足してくれる。

だが、肝心の部分はわからない。


「先程、審判って言葉が出ましたが、それは一体?」


「セミス、説明などしなくてよい」


「……すまない、また後で説明する」


どうやらこの会話に入る余地はなさそうなので、頷きを返して傍観者に戻る。

しかし、あのダフネ様という方の言葉は心にずしんと響くものがあるな。


「うぅ」


左側から聞こえた声により、トルテが不安そうに俺の手を握っていたことに気づく。

今まで気にはしていなかったが、雲行きの怪しい話の中で置いて行かれたら不安にもなるだろう。

左手に力を入れ、軽く握り返す。


「セミス、お前の母親は立派だった。意思を受け継ぎ使命に燃える気持ちもわかる。

だが、人間の侵略を止めるよりも先にやるべきことがある。母の眩しさを見つめるだけでは何も見えなくなるだけだ」


「……私には世界を救う器などありません」


「なぜそうして一人で抱え込もうとする。世界を救うためなら協力は惜しまない。無論、そこにいる小僧も同じ考えだろう」


急に話を振られるが、全くそんなことは考えていなかった。

この世界に来たばかりで何も知らない、自分の立ち位置すらわかっていないのに、どうしてそんなことが言えるのか。

いや、何もわからない、立場もないからこそ何でもできるかもしれない。

何か気の利いたことでもいうべきなのだろうが、特に言葉も見つからず少しの沈黙が訪れる。


「……私には夢がある。母が望んていたような、争いのない世界を夢見ている。


沈黙を破ったのは、セミスさんのいつになく弱々しい声だった。


その夢は、人間には到底無理であろう夢だ。

人間だけでない他の動物でさえ、生きるためには争い、何かを殺しながら生きているというのに。

命を繋ぐために必要なことを全て削らなければ、叶う筈のない願い。

しかし、俺は今、そこに自分が変わるための何かが光って見えた気がした。


「誰も望んではいないんだ。この世界で力を持ち、充実した日々を送っているものほど、それは不都合になる。現状に不満を持つものでさえ、傷を癒したいだけで変化を求めているわけではない。結局、一人で踊っているだけだ」


彼女は孤独だった。きっと、あの国で独り、戦っていたのだろう。


今はただ、何度も命を救われ、心惹かれた彼女の力になりたい。


「もっと早くに言ってくれたらよかったのに。セミスさん、俺は協力しますよ。

力になれるかはわかりませんが、いや、役に立って見せます」


「いや、それは―――」


「駄目と言われても勝手について行きます。俺が求める答えもきっと、そこにありますから」


決して楽観視しているわけでなく、今以上に厳しい旅になる。

それでも、立ち止まるのではなく悩みながらでも進む道を選びたい。

昔みたいに、自分を縛るものはもうないのだから。


「どうやら話はまとまったようだな。それでは、機械の国を目指すぞ」


「……ダフネ様も、共に来られるのですか」


「言ったであろう。世界を救うのなら、協力は惜しまんと」


何てことだ。彼女も共に来るというのなら俺の精神を擦り減らす日々になってしまう。

だが、あくまでも部外者は俺だ。そこに意見を言うことはできないだろう。


「本当に、よろしいのですか」


「私が言い出したも当然のことだ、よいに決まっているだろう。それに、飛び回る悪い虫もついているからな」


間違いなく、俺のことを言っているのだろう。


「……機械の国とは、オルケストラのことですか?」


「ああ、そうだ。何やら現状を打破する面白い発明をしていると、風の噂に聞いたものでな」


次に目指す場所が決まったらしい。

ここまで来たら腹をくくって、とにかく進むしかない.

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