殺し屋免許証と飴玉
小さな商店に近づくにつれ、
少しずつ話し声が聞こえてくる。
そこには紫色の派手なスーツを着た40代半ばくらいの金髪の男と、
白いスーツのスラッとした30代前半くらいの男がいた。
厄介事はごめんだ。
その手の男が2人以上いると必ずと言っていいほど面倒事になる。
「婆さんいい加減もういいだろ?お互い悪い話じゃあるまいしさ」
白スーツの男が冷静におばあちゃんに話している。
もう片方の男は苛立っているのが伺える。
「この店の権利書は譲らないよ」
おばちゃんの表情からしても、
この状況は平和的談笑とは言い難い。
「ババアあんま調子に乗んじゃねえぞ?多々良組舐めたらどうなるかわかってんのか?」
いかにもな紫の男が痺れを切らしたと言わんばかりに声を上げた。
俺たちは話を聞いてるうちにだいぶ近くまで来ていた。
会話からするとおそらくこの男達は何か悪い組織の一員で、
それが多々良組というらしい。
それでその多々良組がこのおばあちゃんの商店、多分土地を欲しがっているのだろう。
悪い組織の事務所や悪い事をするためのビルを建てるのだろうか。
「よくある話しだが、こうも見た目が派手な男達に強く言われたら誰だって断りたくもなるよ」
「わ……わたしも良い気分はその……しないですね」
2人揃って心の声が漏れ出てた。
「あぁ? おめえら誰だ? ガキは引っ込んでろ」
話を聞き入ってるうちに気付いたら、商店の中まで入ってしまっていた。
しかも男らのすぐ真後ろまで。その距離50cm。
「ああ、すいません僕たちはただの通りすがりで……」
このお店に用があるからそう通りすがりではないが、
常日頃の危機管理能力が発揮されてしまった。
「あ? 通りすがり? お前ら今の話聞いてたんか? あ?」
完全に標的が切り替わった。
「いや聞いてないですよ。ねっ戸小谷さん」
振り返ると、そこに戸小谷さんの姿はなかった。
辺りを見回すと、店の外からひょっこり顔を出す戸小谷さん。
俺を置き去りにして脱出に成功したのか。
「お前聞いてたな。ああ?」
そもそも、そりゃそんな大声出してたら嫌でも聞こえるさ。
ましてやそんな派手な格好と言葉使い、
それに外の白いド派手な車はあんたらのだろ。
もうモロ悪い臭いしかしないさ。
と心の中で必死に反論した。
もちろん口には出さないが。
出せる状況じゃない。
「まあまあそうカリカリするなよ」
白の男が冷静に相方をなだめる。
なんか少しヒーローにでも見えた気がした。
すると続けてその白の男が話しかけてくる。
「君、僕らの話し聞いてたんだね。だったら少し事務所まで来てもらおうか。力ずくなんて嫌だしさ。彼女の前で恥かきたくないでしょ? 嫌なら嫌でいいよ、彼女さらっちゃうから」
前言撤回。
ヒーローなんてよく思ったもんだ。
完全にチンピラだ、悪党だ。
てか今まで思わないようにしてきたが、ヤクザだよ!
そしてもれなく大ピンチだ。
なんでこうも次々と事件が起こる!
まあどうせ、あと数十日後に死ぬんだ。
事務所に連れてかれて殺されるのかなと、落胆する俺。
「今回はこのガキに免じて諦めてやるよ。また来週来るからなババア。来週までに権利書用意しときな! それとこのガキはもらってくからな」
おばあちゃんはホッとした様子だった。
しかしその安堵は単に的が俺に切り替わったからではない。
大声の男が店の中でタバコを吸いながら悪態をついている。
店が小さいだけあってすぐタバコの煙が充満して、目や鼻が痛くなった。
目や鼻が……
目と鼻が……
目と……
鼻が!!
そうだその手があった!
俺はおもむろにポケットを漁り、
やや大きめの飴玉を一つ取り出し口へ放り込んだ。
「おめぇこんな時に飴舐めんのかよ」
大声の男が笑いながらこっちを見ている。
相変わらず声が大きい。
「ほら行くぞガキ」
冷静な方の男が俺の腕を掴み、連れて行こうとしたその時…………
ドスン。
冷静な方の男の後ろで鈍い音がなった。
それは大声の男付近から鳴った音だった
むしろ大声の男自体だった。
大声の男が勢いよく膝から崩れ落ち、そのまま倒れ気絶しのだ。
口から泡も吹いている。
読み通りというか、予想以上の効果だ。
予定の遥か上をいった。
「おい!大丈夫かお前」
冷静な方の男は、冷静を無くし慌てて相方に駆け寄った。
何が起こったのかわかっていないようだ。
わかるはずもない誰も。
俺でさえ予想出来ていなかった事態なのだから。
おばあちゃんは終始キョトンとしてる。
冷静だった男がこの異様な事態に気付く。
「大丈夫かおい! ん? なんだこの臭いは……オェッゴホッ」
小さな店内はタバコの煙と強烈な”臭い”で充満していた。
幸いおばあちゃんは年のせいか、
この”臭い”には気付いていない。
この事態の原因、それは先の”飴玉”だ。
あの飴玉の正体は対リオ先生用に自作した物。
と言っても実家の押入れにあったレシピにアレンジを加えたものだが。
食べると鼻の機能が一時的に破壊、停止されるキャンディー通称激臭飴玉。
舐めた人は鼻が効かなくなるだけだが、副作用なのか周りの人からは相当な激臭らしく、臭いに弱い人は気絶してしまう程らしい。
効果と副作用はむしろ逆で、激臭故に鼻が壊れるのかもしれない。
舐めた人が気絶しないのは、一瞬で鼻の細胞が壊れるため臭いに気がつかない、またはブルーベリーフレーバーを入れてあるからだ。
作っておいて無責任だが、詳しくは俺もわからない。
「お前何した!!オェ」
すると俺は大きく息を吸って、冷静を失った男に向って思いっきり息を吹きかけた。
「オェッゴホッゴホッ」
気絶とまではいかないが確実にこの臭いにやられて、ふらふらしている。
俺はもう一度息を深く吸い込み、吐こうとする。
「わかったやめろ! 諦めるから」
そう言うと、完全に取り乱した男は相方を白い派手な車に積んで、
勢いよくアクセルを踏み飛び出していった。
店内はまだひどい臭いが充満しているが、とりあえず一件落着したようだ。
「戸小谷さん、もう何とかなったよ」
そう言うと俺は表にでて、自販機の横に隠れている戸小谷さんの方へ向かった。
向かったのだが……
………………。
俺は言葉を失った。
おそらく臭いに巻き込まれ気絶したのだろう。
戸小谷さんは目を回し倒れていた。
これはしばらく目を覚ましそうにない。
ごめん戸小谷さんと、心の中で深く謝る。
「ありがとうね若いの。ここで休んで行っておくれ。”ここからは大変じゃからな”」
そう言うとおばあちゃんは温かい日本茶を持ってきてくれた。
ここから先は大変?
疑問に思ったが俺はその言葉を頭の片隅にしまいこみ、今は戸小谷さんの看病に専念した。
疑問と言えばこんなにクソ暑いのに温かい日本茶を持ってくるおばあちゃんも不思議に思ったが、まぁ昔ながらの人なんだろう。
そして、俺と戸小谷さんはしばしここで休むことにした。
あついお茶を片手に、おばあちゃんが言う”ここから先の大事”に備えて。




