飴玉と相場
激臭騒動から1時間程が経ったくらいには、
ようやく臭いが収まってきた。
しか依然戸小谷さんは眠っている。
俺の鼻も一向に治る気配が無い。
鼻が利かないのに何故臭いが収まってきたかわかるのかと言うと、
小一時間でちらほらお客さんが来店しているのを見ているからだ。
とはいえ鼻を押さえ嫌な顔をしているところからすると、
まだ完全に浄化されたわけではないのだろうと見て分かる。
みんな早々と買い物を済ませ帰っていく。
店主のばあさんには申し訳ない事をした。
久しぶりに来たせいか騒動のせいか、
すっかり忘れていたがばあさんの名前はチヨさんという。
そして、この小さな商店こそが殺し屋労働組合の本部にとって重要な場所なのだ。
隣りのビルに本部があるが、そこから中へは入れない。
正面の入り口は偽の入り口で、昔から”囮門”と呼ばれている。
本部への入り口は別の所にひとつだけしかない。
それが隣りにあるココ、チヨさんの商店なのだ。
殺し屋の奴らは、”チヨ婆のぼったくり商店”と呼んでいる。
その理由は文字通りぼったくられるからだ。
言うまでもないが殺し屋労働組合は一応は秘密結社である。
つまり、本部に入る際には秘密結社特有のというか独自のルール、手順というものがある。
独自のルールと言っても大した事は無い。
運さえ悪くなければ……
ルールはシンプル。
それはチヨさんの店の品を買うこと。
それだけ。
それだけだ。
それだけ故に決まりがある。
”相場”。
その相場の範囲の品物を買わなければならない。
店に入って右側の壁に数字が書いてある。
今日は”600〜800円”だ。
つまり、600円から800円の間で何か品物を買わなくてはならない。
チヨ婆の相場は毎日変わる。
相場というだけあって高い日もあれば低い日もある。
そして今日は安い方だ。
「うん。今日はラッキーだな」
この前殺し屋労働組合の新聞記事で、チヨ婆の店で最高額が出たと報じられていた。
その額なんと80万円。
そんな日に来店したやつは本当に不運だ。
記事によると不運なやつが1人いたとか。
まあそんな日そうそうないけれど。
無いと思うけれど。
そして、会計時に殺し屋免許を出し、レシートに殺し印を押して貰えばすべて完了だ。
晴れて中へ入れる。
戸小谷さんを待つ間、俺は買い物を済ませる。
何か良い物あるかな。
小さい頃によく買った駄菓子に、
昭和感溢れるタワシや洗濯板。
インチキ占い師が使いそうな、
いかにもなマットと、楕円形の水晶とその他諸々。
今の時代誰が買うんだか。
それから、
その辺の公園で拾ってきたであろう石ころと本が数冊。
当たり前だが、めぼしいものは無い。
そんな負に偏った優柔不断を発揮しながら、
考え無しに本を手に取る。
『悪魔的悪魔の整理術』
『殺戮はディナーの後で』
『スターリードフライアウェイの実験記』
これはその、あれだな。
本月家のクソチビロリっ子プリンセスこと、本月愛の仕業と見て間違い無いだろう。
しかも、最後のページに『殺しの依頼は本月愛までハート』とか書いちゃってんだろ?
バレバレなんだよ。
その中の一冊を手に取り最後のページまで飛ばす。
『真紅の空に星が灯る時、反転した月は太陽へと昇華する』
違う。
検討違いだった。
本月に悪い事をした気分だ。
濃いめのピンク色に染まった頬を叩き
そのまま本を置く。
そしてその場から逃げるように700円と書かれた缶バッチをレジに置き、
会計を済ませる。
早く中へ入りたいが、戸小谷さんを置いてはいけない。
すると……
カランカランと下駄の足音を立てながら1人男が来店してきた。
「今日はいくらだババア?」
その男は店に入るやいなや、偉そうな口調でチヨさんに問いかける。
俺は振り向かずともその男が誰だかわかった。
下駄を履いた同業者で嫌味なやつときたら1人しかいない。
殺し屋労働組合 聴覚部 イヤーワン ランキング1位。
その男の名は”下積 六郎”。
「あれ? 誰かと思えば、四つ星くんじゃない?」
わざとらしく下積は俺に話しかけてきた。




