オモテウラと歪なコイン
美容室ザビューティフルから泥の底三丁目にあるファミリーレストラン『沼地のシャイゼリア』まで歩いくこと30分ほど。
おそらく一番乗りで到着するだろう。
戸小谷さんはまだ仕事があるだろうし、
本月は遅れてくるに決まっている。
小さな期待と大きすぎる不安を胸にファミレスのガラス扉を開ける。
店内にはお客さんが数人。
お客さんというか夜の住民だ。
夜の住民と言ったのは仕事終わりに愚痴を溢すキャバ嬢やら、行く当てもなくコーヒー1杯で数時間は居座っているおじさんくらいしかいないからだ。
「すいませーん」
流石にこの時間になると店員さんも来ない。
人件費削減の賜物だろう。
思えば泥沼地区はこういうところだった。
視界に入ったテーブル席に腰を掛ける。
どの街にも必ずと言って良いほど陰と陽がある。
正義には悪が必要なように。
コインには裏と表があるように。
それらは交わることはあっても、
一つになる事は決して無い。
とはいえどちらか片方だけで十分ということでも無い。
光には影が必要で
悪党にはヒーローが必須ってわけだ。
もし仮にその両方を兼ね備えた“何か”があるのだとすれば、
例えばコインの“オモテ”と“ウラ”が手の甲を合わせた様にぴったりと合わさる時があるのだとすれば、
それは果たしてコインと呼ぶのだろうか。
そんな内的迷地巡礼をしていると、
後ろから声が聞こえてくる。
「お、お、お早いですね…」
こんな所で声を掛けてくる人はそう多くはない。
すぐに振り向くとそこに立っていたのは
オドオド姿がチャーミングな戸小谷さんだった。
「戸小谷さん、時間通りだね」
「あ、いや別に、すいません……」
「もう、毎回謝らなくてもいいって」
「あっすいません……」
このオドオドした姿が戸小谷さんらしいっちゃらしい。
あれ?でもおかしいな。
唐突に話の流れを裁つ。
「そういえば戸小谷さん仕事は?もう少し遅くなると思ってたんだけど」
美容師の仕事量はもっと多いものかと思っていた。
それとも彼女だからなのか?
俺にはわからない。
わからないがあまりに長いこと思考のトリップをしていたため口に出さずにはいられなかった。
「それが……私、気がついたらこのファミレスの前に立っていたんです」
なんだか嫌な予感がする。
普通の20代の女の子なら考え事をしていたとか、好きな人の事を考えていた
とかそういったのをまず思いつくが、
戸小谷さんにおいては全く別だ。
ウラとオモテは表裏一体。
どちらがどちらの手綱を握っているのか分からない。
触らぬ神に祟り何たらだ。
「そうなんだ。ところで戸小谷さん連絡先まだ交換してなかったよね?電話番号交換しようよ。多分これから必要になるだろうし」
「あっはい」
上手く話を逸らすことができた。
上手いかはさて置き、流れで電話番号をを聞き出せた。
「080……1058、この番号に電話するよ」
「はい。よろしくお願いします」
戸小谷さんの電話番号を手に入れたところで
何気なく入口の方向に目を向ける。
なにやら奇妙なものが動いているのに気がつく。
大人のヘソよりやや上にあるガラス越しに
ピンク色の髪ゴムでまとめられたひと束の髪のようなものが動いていたのだ。
それが全身を映すくらい広めのガラス扉に差し掛かる頃にはその動く毛の正体が本月だとわかる。
そのチョンとまとめられた髪の毛もカンに触るが何より集合時間を20分も過ぎているのにもかかわらず、のんびり電話をしながら気分良さげに歩いているのがムカつく。
すると本月は扉を開けるや否や突然小走りになる。
「ハァハァ……間に合いましたわ」
「いや間に合ってねーよ!」
完全に間に合っていない。
それどころかその一連の動作にどれだけツッコミどころがあると思ってんだ。
「何を仰いますの。これでも小学5年生の小さな足で頑張って走ってきたのですよ」
「都合の悪い時だけ小学生面しやがって。てか嘘つけ!すぐそこまで電話しながら歩いてたじゃねーか!」
「言いがかりでしてよ」
「じゃあその携帯見せてみろよ」
「そ、それは……プ、プライバシーの侵害ですわよ」
本月は珍しく取り乱している様子だった。




