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8/12

心拍数


 城門を抜け、人気のない山道へ入る。

 先頭を歩く恒一は、何度も背後を振り返っていた。

 追手の気配はない。


 だが彼女たち、特に綾姫の足取りは目に見えて重くなっている。

 巴は歯を食いしばりながら歩き、胡桃も肩で息をしていた。


 その時だった。


「っ……」

 小さな声とともに、綾姫の身体がふらりと揺れ、前のめりに恒一の背へと倒れるようにもたれかかった。


「申し訳……ありません……」


「大丈夫ですか?」


「ええ……少し足がもつれただけです」


 気丈に振る舞ってはいるが、顔色は明らかに悪い。


 恒一は額へそっと手を当てた。


「……少し熱いな」


「や、やめてくださいっ……」

 綾姫は力なく恒一の手を跳ね除けると、すぐに身を離し、再び歩き始めようとする。


 その瞬間、視界の端へ青白いホログラムが現れた。


 ━━━━━━━━━━━━

 【クエスト更新】

  救出対象の身体状況が悪化

  しています。

 

  《身体機能調査 Lv.1》の取得

  を取得して調査することを推

  奨します。


  取得ポイント:100

 ━━━━━━━━━━━━



(身体機能調査……?)


 恒一は歩きながらメニューを開く。


 現在ポイントは500。迷う理由はなかった。


(取得)



 ━━━━━━━━━━━━

 【ポイントの消費】

  100Ptを消費しました。


 【スキルの取得】

 《身体機能調査 Lv.1 》を取得

 ━━━━━━━━━━━━


 再び綾姫へ視線を向ける。

 今度は彼女の横へ半透明の情報が浮かび上がった。



 ━━━━━━━━━━━━

 【対象:畠山 綾】


  体温 36.9℃

  心拍数 122bpm

  疲労 94%

  精神ストレス 98%

  推定歩行可能距離 約100m

  推定歩行可能時間 約1分

 ━━━━━━━━━━━━



 恒一は思わず眉をひそめる。

(疲労が限界に近づいてるのか)


 その下へ、新たな表示。



 ━━━━━━━━━━━━

 【クエスト更新】

  対象の搬送を推奨します

 ━━━━━━━━━━━━


「姫様」

 恒一は綾姫を呼ぶと、その場で屈んだ。

「運ぶので乗ってください」


「……え?」


「このままじゃ倒れます。運ぶので乗ってください」


 綾姫は困ったように首を振った。

「そのようなことは……できません」


「遠慮してる場合じゃない」


「ですが……その…殿方にそのような……」


 言葉にならない。


 巴も苦しそうに息を整えながら口を開く。


「姫様……このままでは、お身体を壊されます」


 巴は静かに頭を下げた。


「どうか、今だけはお耐えください」


 綾姫は唇を噛み締める。

 そして、小さく頷いた。


「……わかりました」


(お耐えくださいって失礼だな)

 恒一は心の中で愚痴をこぼした。


 綾姫は恒一の背に身を預けた。


「立ち上がりますよ」


挿絵(By みてみん)


 そう言って恒一が一気に立ち上がると、綾姫は驚いたのか、慌てて恒一の胸の前に両手を回した。


 その瞬間。


 ━━━━━━━━━━━━

 【対象:畠山 綾】


  心拍数上昇を検知

  122

  126

  131

  138

  145

 ━━━━━━━━━━━━



「……やっぱり限界だったんですね」

 恒一はそう呟き、ゆっくりと歩き始めた。


 綾姫は何も答えない。

 耳まで真っ赤に染まり、汗が額を伝っている。


(ち、近い……この人の背中……こんなにも……)


 綾姫は心臓が破裂してしまいそうだった。


 もちろん恒一に気があったわけではない。

 ただ、彼女はこれまで姫という立場にあった上、見合いも断ってきたため、家族以外の男性にここまで近づくこともなければ、ましてや触れることなどなかった。


 しかし恒一は気付かず、疲労によるものだと思い込んでいた。


 恒一は山道に入ってもスピードを落とすことなく歩き始める。


 自衛隊で鍛えた脚は、少女一人を背負っても歩幅をほとんど変えない。


 しばらくして、綾姫がおずおずと口を開いた。


「……そのように、人を背負って長く歩けるものなのですか?」


「まあ、そうですね」

 恒一は前だけを見たまま答える。


「昔、人を助ける仕事をしていたので、こういう訓練……鍛錬もしていました」


「人を……助ける?」


「助けたり、戦ったり」

 それ以上は語らない。


 綾姫は小さく目を伏せた。

(この方は……人を救うために生きてこられたのですね)

 彼女は少しだけ柔らかい笑みを浮かべた。



 山に入って約20分。

 木々の向こうに、朽ち果てた山寺が姿を現す。



 ━━━━━━━━━━━━

 【クエスト更新】


  目的地に到着しました。

  目的地:廃寺

 ━━━━━━━━━━━━


 寺の門前。

 腐臭が鼻を突いた。

 地面には僧侶と思われる男の死体が倒れている。

 衣は裂かれ、かなり腐敗が進んでいる。


「……あいつらのせいか」

 恒一は静かに目を閉じ冥福を祈ると、寺へと向かう。


 階段を上がると賽銭箱があり、その奥には扉があった。

 その扉を開けようとすると、巴が不安そうに言った。

「バチが当たるぞ」


「ちょっとの間だけです。姫様がよくなるまで」

 そう言って広い空間があった。



 綾姫を背から下ろすと彼女は安堵したように息をついた。

「少し……休めば……すぐに良く……」


 その言葉の途中。

 綾姫の身体から力が抜ける。


「姫様!」

 巴が駆け寄る。


 恒一も駆け寄り、すぐに身体機能調査を起動した。



 ━━━━━━━━━━━━

 【対象:畠山 綾】


  体温 38.5℃

  心拍数 138bpm

  疲労 96%

  脱水 中等度


  疲労性発熱を確認

  早急な処置を推奨します

 ━━━━━━━━━━━━



「マジかよ……!」


 

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