歴史の転換点
最上階。
広い一室には、男一人と美しい女性が三人いた。
賊の頭領――倉木弦十郎。
三人の娘は柱へ後ろ手に縛られ、床へ膝をつかされている。
それでも、姫は倉木を睨み返していた。
「……その目だ」
倉木は口角を上げる。
「俺は、その折れねぇ目がたまらなく好きなんだ」
視線が隣へ移る。
女剣士もまた、一歩も引かず睨み返していた。
「お前もだ」
倉木は愉快そうに笑う。
「威勢のいい女ほど、折れて快楽に堕ちる瞬間がタマらねぇ」
倉木は女剣士に手を伸ばす。
「まずはお前からだ」
女剣士は一瞬怯えた表情を浮かべるが、すぐに鼻で笑う。
「好きにしろ」
低く言い放つ。
「だが、私で終わりにしろ。他の二人には手を出すな」
倉木は目を細めた。
「ほう」
しばらく見つめると、大きく頷く。
「いいだろう。お前で俺を満足させれりゃ考えてやる」
その言葉に、姫が鋭く叫ぶ。
「信じてはなりません!」
女剣士が目だけ動かす。
「……姫様」
「あの男が約束など守るはずがありません!」
倉木は肩を震わせて笑い始めた。
「酷い言いようですな、姫様」
馬鹿にするように笑うと、倉木は女剣士の胴衣の中へと手を差し込む。
すると縛られたままの姫は、倉木の腕に噛みついた。
「てめぇっ!」
力一杯噛み付く姫。
「ってぇ……!」
倉木は姫の顔面を殴りつけて引き離すと、歯形と共に一部血が流れた。
「クソアマが……! 思い切り噛みやがって」
次の瞬間、その目から笑みだけが消えた。
「立場をわかってないな」
大股で歩み寄ると、姫の髪を乱暴につかみ上げる。
「っ……!」
痛みに顔をしかめる姫。
女剣士が縄を軋ませながら怒鳴る。
「離せ!」
「黙れ! 主導権は俺にあんだよ、勘違いすんな?」
倉木は腰の刀へ手を掛けた。
鞘からゆっくりと刃が姿を現す。
「どうせお前らは売らねぇ」
低く響く声。
「一生、俺の夜の玩具だ」
倉木は掴んだ姫の頭を放り投げると、彼女の右足を掴み上げた。
「足が一本なくても生きられる。俺が一生面倒見てやるよ」
姫の顔から血の気が引いた。
「や……」
女剣士が必死にもがく。
「やめろ!」
倉木は聞こえていないかのように笑う。
障子一枚隔てた廊下。
時期を窺っていた恒一は、その言葉を聞いた瞬間、身体が凍り付いた。
脳裏に浮かぶ。
城へ来る途中で出会った、あの女性。
腕を落とされ、脚も砕かれ、土の上に横たわっていた。乾いた唇を震わせながら、ただ一言だけ繰り返していた。
『……お願い。殺して』
結局、自分には何もできなかった。
あの絶望した瞳。
助けられなかった命。
(……あれは)
恒一の視線が、倉木の刀へ向く。
(こいつの仕業か)
胸の奥で、何かが切れる音がした。
ホルスターへ手が伸びる。
拳銃。
ここが夢ではなく過去の世界だとすれば、これは未来の武器。
この一発が、歴史を変えてしまうかもしれない。
まだ火縄銃すら存在しない時代かもしれない。
使っていいのか?
理性が問いかける。
その時だった。
「……誰か」
部屋の中から、小さな声が聞こえた。
「お願い……誰か、助けて!」
姫の叫び声に恒一は静かに目を閉じる。
数秒。
そして、ゆっくりと拳銃を抜いた。
安全装置を外す。
すでに遊底は引いてあり、弾は薬室に装填されていた。彼はいつでも撃てるように激鉄を下ろした。
冷たい鉄の感触が掌へ伝わる。
銃口を静かに持ち上げると、障子を足で蹴り開けた。
轟音とともに障子が吹き飛ぶ。
部屋中の視線が、一斉に入口へ向く。
月明かりを背に、一人の異質な男が立っていた。
髷も結わず、短い髪。剣術とは違う構え。
この時代にはない迷彩服と黒い拳銃。
そして、氷のように冷たい瞳。
「武器を捨てろ、撃つぞ」
いつもと同じ警告で倉木に銃口を向けた。
静かな声が、部屋の空気を一変させた。




