表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/12

非情な世界

 街道には、まだ血の匂いが残っていた。

 賊たちが去った後、恒一はしばらく立ち尽くしていた。

 徒歩で追うべきか。それとも村で馬を借りるべきか。

 考えを巡らせていた、その時だった。


「……っ」

 かすかな呻き声。風に紛れるほど小さい。

 恒一は反射的に振り返った。

「誰だ!」


 返事はない。だが、確かに嗚咽に似たような声が聞こえた。

 草むらをかき分け、林の奥へ入っていく。

 数十歩進んだところで、恒一の足が止まった。


「――っ!」

 息を呑む。

 一人の女性が無惨な状態で地面に仰向けで倒れていた。

 年は18、19ほど。

 美しかったであろう薄紫の着物は、赤黒く染まっており、下半身は捲り上げられている。

 蝿が何匹も音を立てて(たか)っていた。

 少女の両腕、両足とも、鈍器で殴られたように腫れ上がり、左手を除いて骨が見えていた。

 乱暴に引き裂かれた衣服。汚液にも塗れている。


 地面には大きなの草履の足跡が幾重にも残っていた。何があったのか考えるまでもない。

 恒一は奥歯を強く噛み締めた。

「なんでこんなこと……!」


 少女はうっすらと目を開ける。

 焦点の合わない瞳が、恒一を映した。


「生きてっ……お、おいっ……!」

 訓練で叩き込まれた知識が身体を動かす。

 衣服を裂き、出血部の上を強く締め上げる。木の棒を巻きつけて回していく。

 即席の止血。力いっぱい締め上げた。骨が外れて、外に出ていたため、締め上げると彼女は薄らと顔を歪めた。

「……これで、少しは」

 呼吸は浅く脈は弱い。

 出血は抑えられているが、この時代の医者で助けることができるのだろうか。


 恒一はもう夢と疑っていなかった。

 輸血もない。抗生剤もない。

 この状態から助ける術を、恒一は持っていなかった。


 彼女はかすかに微笑む。

「……お優しい、方」

 その声は震えていた。

「お願い……が、ございます」

「……何でしょう?」

「どうか……私を……」


 涙が一筋、頬を伝う。

「殺して……ください」


 恒一は言葉を失った。


「私は……もう……」

 少女は何度も頭を下げようとするが身体は動かない。

「これ以上……苦しみたく、ありません」


 恒一は拳を握る。

 理解はできた。

 この女性が助かったとしても、両手両足の機能が万全に治るとは限らない。

 この時代であればそのことが理由で酷い仕打ちをうけることになるかもしれない。

 

 引き金を引く訓練は受けていた。

 人を殺す訓練も受けていた。

 しかし、何の罪もない人に、とどめを刺す訓練など受けていない。


「……申し訳ない……できません」

 それだけだった。


 彼女は目を閉じる。しばらく沈黙が流れた。

 やがて、小さな嗚咽が漏れる。

「……なんて……」

 涙が次々と溢れていく。


「なんて、非情な人……」

 その一言は、刃よりも鋭く恒一の胸へ突き刺さった。


 何も返せない。返す資格もない。

 恒一はただ、女性の傍らに膝をついたまま、唇を噛み締めていた。




 女性の呼吸は、次第に静かになっていった。

 恒一は彼女をゆっくりと抱き上げると、あたりにいた村人達へと託した。

 責任をなすりつけたと言っても間違いはないだろう。


 何もできなかった。

 いや、できることはやった。でも救えなかった。

 拳を強く握り締める。


 その時、視界の端に青白いディスプレイが浮かび上がった。


 ━━━━━━━━━━━━

 【緊急クエスト更新】

 目的地:畠山城

 マップピンを設定しました

 ━━━━━━━━━━━━


「……城か」

 恒一は山上にそびえる城を見上げた。

 城からは存在を示すかのように黄色い光が天へと上がっている。


 綾姫を連れ去った賊たちも、あそこへ向かった。

 手掛かりはそれしかない。

「行くしかないな」

 そう呟き、歩き出した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ