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男女比1:96の世界で、女性だらけの警察大学校に男一人で入学しました(1/96前日譚)  作者: Pyayume
三年目「隔靴掻痒」

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第30話「乾坤一擲」

二日後の午後、校内の一角にある、学生は入室厳禁の教場。


関に連れられながら歩いていると、「佐藤の本気を見せてくれ。」と、一言だけ声をかけられた。


俺がそれに頷き、電子ロック付きの扉の前に立つと、関が認証を通し、扉が静かに開いた。


中は、外の冷気とは別種の静けさに満ちていた。


整然と並ぶ端末と、アクセスログを記録する監視機器、上部にはそれぞれの端末画面が映るように監視カメラが設置されている。


完全に管理された空間。


既に数人のスーツ姿の女性たちが居た。


俺の方を一瞥しただけで、評価する側の人間だということが分かる。


「来たか、関教官。」


そのうちの一人、年齢は四十代後半ころに見える女性が口を開く。


落ち着いた声だが、視線は鋭い。


「彼が例の佐藤か。」


「はい。警大3年の佐藤巡査部長です。」


関が簡潔に答えると、全員の視線が俺に集まる。


好奇と値踏みの色に染まった視線だ。


「……面白いことを言うと聞いたな。……何でも、現場を知らない者が現場の誤りを是正する、だったか?」


先ほどの女性が、侮りを隠さずに言葉に乗せた。


俺は「はい。」と短く、快活に答えた。


「のべつ幕無し見せる訳にもいかないのでね。こちらである程度事案は選別しているから安心してくれ。」


別の女性がそう言うと、関が端末を起動させた。


「では、見せてもらおう。」


その声に呼応するかのように関が操作し、閲覧権限を限定的に付与する。


「これは佐藤の試験も兼ねている。送致済み案件から、問題があると思ったものを自由に選べ。指摘の内容は何でも良い。時間は2時間だ。」


「了解。」


俺が椅子に座ると、画面に表示されるのは、膨大な事件記録。


概要、罪名、顛末、捜査主任官、担当部署名等が書かれた一覧に視線を走らせ、数件を瞬時にスクリーニングする。


読む時間も限られているなら、概要が特殊な方がいい。


出来れば刑事課の扱いで、刑法犯にも特別法犯にも見えるものを探す。


違和感のあるものだけが、浮かび上がる。


「これだ。」


概要と罪名だけで違和感が分かり、その一件を開き読み進める。


被疑者・参考人の供述、実況見分、送致書、その他の捜査報告書。


数分か、十数分か分からないが、違和感通りの結論が出た俺は「……教官」と言い顔を上げる。


「この事件、適用条文に誤りがあります。」


室内の空気が、わずかに揺れた。


「ほう」と、先ほどの女性が興味を示す。


関は「続けろ。」と端的に指示をする。


「本件は器物損壊で送致されていますが、本来は別罪名での適用が妥当です。」


端末を操作し、俺が選んだ事件の概要を画面に拡大表示する。


<

被疑者は塗装業の見習いとして勤務する者。


ある日、現場でミスをしたところ、親方から叱責され「お前のペンキはお前が事務所まで持って帰れ!!」と怒鳴られ、業後に車に乗せてもらえず、現場に置き去りにされた。


それに、むしゃくしゃした被疑者は、路上に設置されていた郵便ポストに、所持していた塗料を流し込んだところ、中にはハガキが3枚入っており、その内容が分からなくなった上、郵便ポストも汚れて使えなくなった。


当該事案に対し、告訴状を受理し、器物損壊罪として書類送致した。

>


「これは、物的損傷を行っているのだから、器物損壊と捉えそうだが、佐藤の結論は違うということか?」


「はい。郵便ポスト内へ塗料を投入したことで、1つは内部の郵便物の内容を判読不能にしています。もう1つはポスト自体の使用を不能にしていると解せます。」


視線を上げる。


「これは、郵便法の第77条である郵便物を開く等の罪及び78条の郵便用物件を損傷する等の罪に該当します。」


「刑法である器物損壊罪を蔑ろにする理由は?」


女性達の一人が鋭い視線と共に質問を投げた。


「はい。刑法犯と特別法犯では、立法目的からも特別法犯が優先されます。さらに、このような観念的競合の場合は、重い法定刑が優先されます。器物損壊罪より今回の郵便法の直罰規定の方が重いため、郵便法違反を適用すべきです。」


俺の答えを聞き、関が腕を組む。


「郵便法77条は客体に『会社の取扱中に係る郵便物』と記載があるはずですが、ポスト内の蔵置されているだけであって、郵便局員等が取り扱い中になっていないので、構成要件を満たさないのでは?」


上層部の一人が、静かに口を開いた。


「郵便法77条における『会社の取扱中に係る郵便物』とは、郵便物の引き受けから配達又は交付までの過程にある日本郵便株式会社が事実上支配管理する郵便物のことを指し示しています。郵便ポスト自体は会社の管理しているものになるので、構成要件は満たしています。」


別の上層部が、追って口を開く、


「郵便法78条の構成要件は整理できているの?」


「はい。ご説明いたします。」


俺はそこで呼吸を一つ挟んだ。


「まず、郵便ポストは『郵便専用の物件』にあたることは明らかです。そのうえで、ペンキをかけた行為が、『損傷その他郵便の障害となるべき行為』にあたるかどうかが問題となるでしょう。」


ここで言葉を区切る。


「しかし、今回の場合は郵便ポストのペンキを剥がし除去しないと郵便ポストとして使用できないことは明らかです。一般的な感覚として、ペンキで汚れたポストに投函したい人は居ないでしょう。つまり、郵便ポストの設置理由である『郵便物の受付』自体が困難になっています。」


誰も口を挟まない。


「これは、郵便業務の遂行が不可能又は困難となる危険を生じさせたと解せます。よって、本件は単なる物的損壊ではなく、郵便制度自体への侵害と評価され、器物損壊が不適当である理由です。」


先ほどまでの値踏みの空気とは変わり、思考が回っている沈黙が続く。


やがて、関が口を開いた。


「……では、なぜこの誤りが発生したと思う?」


俺を試すような問いだが、既に答えは出ていた。


「現場の構造的問題です。」


短く断じると、数人の上層部が、わずかに視線を動かした。


「本件の捜査主任官は、職員番号と書類作成年月日から見て昇任試験を一発で通過した若手の警部補です。また、書類作成能力の乏しさから、刑事課係長として日が浅い時期での案件処理と推測されます。」


端末の情報を示しながら続ける。


「対して、同件を共に捜査していた係員である巡査長は定年間近。複数の捜査報告書から別事案の単語が置換しきれていないことから、過去事例の流用に依存するタイプに見えます。」


空気が、わずかに変わる。


「つまり、経験のない管理者と、更新されない知識を持つ実務者の組み合わせです。……この係構造では、事件に正対して考えるのではなく効率的になぞるという判断が発生します。」


俺の言葉を誰も否定しない。


「巡査長が過去の器物損壊事例、おそらく『ペンキによる家の外壁汚損事件』をベースに提示し、係長がそれを使える型として採用した結果、本来検討すべき特別法の適用が抜け落ちた。」


俺の言葉に、関が静かに頷いた。


「……続けろ。」


「問題は、個人の能力ではなく、先程申し上げた通りに組織の構造です。」


俺は視線を上げ、上層部一人一人に視線を投げた。


「現場では時間制約と業務量の関係から、過去事例の流用が合理化されるのでしょう。特に、係長クラスが実務経験に乏しく、年上部下を御せない場合に、その傾向は強まると思います。」


上層部の1人がわずかに眉を動かしたのが分かり、俺は言葉を選びながら続ける。


「そして、年上部下との関係性は楽観視出来ません。経験のない上司は、経験のある部下に依存します。ですが、その経験が更新されていない場合、誤りはそのまま再生産されます。」


数秒の沈黙により、空気がさらに静かになる。


今度は、誰も軽く扱えない内容だった。


「……では、どう是正する。」


先ほどの女性がゆっくりと質問した。


「是正の観点は2点考えられます。」


俺の即答に、女性は目を丸くした。


「1つは、判断の言語化です。」


「言語化とは何を指している。」


「はい。なぜその罪名を選択するのか、他の条文適用の検討をしたのか、検討した思考や判断プロセス自体を説明させます。そうすることで流用を抑制できます。」


端末を軽く叩く。


「今回であれば、客体に対する掘り下げをすることで、特別法の検討漏れは浮き上がります。」


俺の言葉に上層部の数名が、無言で頷いた。


「もう1つは、年上部下への指導方法の設計です。」


空気が、僅かに張り詰める。


「正面から否定すると、臍を曲げ、現場は回らなくなります。従って、否定せずに修正する必要があります。具体的には、既存の判断を一度肯定します。」


俺は少し芝居がかったトーンの声色に変える。


「『器物損壊として整理したのは合理的です。』と。…その上で、『ただ、この事案は郵便物が絡んでいるため、郵便法の確認も念の為お願いできますか?』と視点を追加する。」


聞き入っている上層部の面々を見渡し、視線をまっすぐ向ける。


「つまり、訂正ではなく拡張の提示をします。これにより、プライドを傷つけずに、正しい方向へ誘導できます。」


口を挟む者は誰もおらず、完全に聞く側に回っている。


「……説明は以上です。」


俺が言い切ると、今日何度目かになる沈黙が生まれたが、今度は長かった。



「関教官。」


先ほどの女性が口を開く。


「この学生、どこまでやらせるつもりだ?」


その評価を隠さない声に対し、関は腕を組んだまま短く答える。


「現場には出さない前提だと伺っております。」


「……だろうな。」とその女性が小さく笑い、視線が俺に向いた。


「だが、だがな……机上のみ、現場を見たこともない外側から、ここまで触れるなら話は別だろう。」


その一言で、空気が変わる。


「面白いな、非常に面白い。対象案件も拡張して様子を見ろ。ただし、監督は外すな。メンタル診断も怠るな。」


明確な指示に、「了解。」と関が即答する。


上層部の視線が、最後にもう一度だけ俺を測るが、最初の視線とは明らかに違っていた。


やがて評価の目のまま、数人はそのまま退室していき、扉が閉まる音が静かに響いた。


室内に関と俺だけが残り、数秒の沈黙の後、関が口を開いた。


「……やるな。」


短い一言だが、それで十分だった。


「ありがとうございます。」と、俺はそれだけ返す。


「勘違いするな。これで現場に出られるわけじゃない。だが、…」


関の声が、わずかに低くなり、一瞬だけ言葉を切った。


「上に影響を与えたのは事実だ。……だから、今の評価をさらに超えてみろ。」


その言葉が、静かに胸に落ちる。


「はい。」と返事をしながら、俺は端末に視線を戻した。


やることは、もう決まっている。


自分が立てる範囲を、広げるための成果を上げる。


静かな管理室の中で、俺の思考は確かに現場へと繋がっていた。

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