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男女比1:96の世界で、女性だらけの警察大学校に男一人で入学しました(1/96前日譚)  作者: Pyayume
三年目「隔靴掻痒」

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第28話「籠鳥恋雲」

「本日は、実務修習後半の配置について説明する。」


教壇に立つ関の声は、冬の朝の空気のように冷たく、無機質に響いた。


昨日と同じように、教場内には皆が集まり、真剣さが増した瞳を教壇に向けていた。


実務修習の前半を終えた同期たちだが、また来週から、再びそれぞれの現場へと戻っていく。


無論、俺一人を除いて。


黒板には、既に各自の配属先が記されている。


「前半は地域だったが、今回は内勤だ。内勤の当番も勿論他の捜査員と同様に就くからな。」


そう言いながら関はじろりを教場を見回した。


「期間は予定通り三ヶ月で、各自の担当係長から上がってくる評価は、君たちの進級判定に引き続き影響する。」


「実務経験を積む現場は、必ずしも希望する局と同じとは限らない。交通局希望であっても、今回は刑事課での実務修習と言う者もいる。……異論は認められない。」


関は手元にあった資料を、ゆっくりと教場内に配布した。


「今配っている資料はそれぞれの配置先だ。実習先の警察署は変わらないから、勘違いしないように。」


教場に「はい」という規律正しい返声が重なる。


回ってきた紙から伝わるのは、それぞれの志望と、前半で見せた適性に応じた、期待の現れだ。


それを眺める同期たちの背中には、三ヶ月前にはなかった自負が宿っていた。


その中で、関の視線が一点に留まった。


「佐藤。」


呼ばれた名に、教場の全ての視線が俺に集中する。


その視線には、好奇、同情、当然だという納得、が含まれていた。


「お前は引き続き、本校に残留する。」


予想通りの言葉だが、胸の奥で小さな氷が割れるような音がした。


「後半期間においても、講義・分析・記録整理を中心とした『特別課程』を継続する。以上だ。」


理由は語られず、質問を受け付ける暇も無かった。


俺が国家資源だからという、ただそれ一点の理由で、俺の三ヶ月は再び、この静かな教場の中に閉じ込められた。


「……また一人だけ、か。」


解散の号令の後、朝倉がポツリと零した。


いつもなら軽口で流す朝倉らしくない言葉が、今は妙に重く沈んでいる。


「仕方ないでしょ。……何かあったら、取り返しがつかないんだから。……あの現場、話したでしょ。あれに男性入れるのは、さすがに無理だよ。」


干川が続ける。


それはもはや、佐藤悠真という個人への評価ではなく、高価な美術品を扱うような、事務的な保全の言葉だった。


「合理的判断よ。」


腕を組んだまま、最上が口を開いたが、その視線は俺を捉えていない。


ただ、事実を裁くように淡々と告げただけだった。


「男性は数が少ない。代替が効かない。……血みどろの現場でその希少性を損なうリスクを負わせる理由は、警察組織には1ミリもない。」


最上の正論は、ナイフのように鋭く、そして正しい。


「警察は感情で動く組織じゃない。法の執行機関、効率と損失で判断するし、いざとなれば自身の犠牲を厭わない。……そうでしょう?」


前世の自分なら、同じ判断を下したかもしれないが、今の俺を突き動かしているのは、その合理性ではない。


「……それでも。現場に出なきゃ、刑事としての判断力は養えない。学習したものは全て血の通っていない紛い物だ。」


気づけば、言葉が口をついて出ていた。


最上の視線が、わずかに揺れて俺を射抜く。


「だからこそ、出さないのよ。」


最上は間を置かずに断じた。


「想定通りに動かない人間と対峙する場所に、代替の効かない人材を置く理由がない。……あなた1人の経験値より、国家全体の『損失回避』が優先される。……それが、あなたが警察大学校ココでの講義を命じられた理由よ。」


反論の余地はない。


俺の存在そのものが、組織にとってはリスクそのものなのだ。


横峯が静かに、だが震える声で口を開いた。


「……佐藤は、最初から現場に出る前提じゃない採用ということですか?……教官。」


まだ教壇の上に残り書類を整えていた関に向かって、横峯は芯の通った声で質問した。


「現時点ではな。……上層部は、佐藤の適性を別の形で活用することを想定している。」


「別の形、って何ですか?」


「法的整理、データ解析支援、および捜査指導。現場の後方で機能する刑事企画課《中枢》だ。……現場に立たずとも、警察幹部としての価値は成立する。むしろ、その役割こそが佐藤には最も適している。」


関の言葉には、僅かな迷いを感じた。


それは、俺への評価と制度の乖離が滲んでいたように思えた。


しかし、その宣告は、俺に与えられた、公式な檻だった。


「……それは、刑事、と言うんでしょうか。」


絞り出すように問うた俺に、関はほんの僅かに間を置いてから、短く答えた。


「広義にはな。」


その一言が、止めを刺した。


現場の熱も、ホシとの駆け引きも、血の匂いも知らず、モニターの前で、他人が集めてきた証拠を整理し、法的に整えるだけの存在。


それを『刑事』と呼ぶのなら、俺の目指す道は、最初から断たれていることになる。



その日の夜、寮の自室で、机の上の書類に目を落とす。


<『特別課程継続者 運用計画』>


整然と並ぶ文字が、俺を嘲笑っているように見えた。


守られているから、現場に出られない。


現場に出られないから、証明できない。


証明できないから、認められない。


打ち破れない完璧な循環で、どこまでも合理的で、血の通わない、透明な檻。


「……ふっ、笑わせる。」


俺は誰に聞かせるでもなく、自嘲気味に呟いた。


拳を握りしめると、爪が手のひらに食い込み、確かな痛みを伝えてくる。


この身体が、この神経が、まだ現場を求めている。


組織が俺を『頭脳』としてしか扱わないのなら、この檻の中から、組織の想定を遥かに超える『結果』を叩きつけてやる。


「……置いていかれてたまるか。」


静寂の中、俺の決意だけが、冬の夜気よりも冷たく、鋭く研ぎ澄まされていった。

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