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男女比1:96の世界で、女性だらけの警察大学校に男一人で入学しました(1/96前日譚)  作者: Pyayume
閑話

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「古賀海未:邂逅」

カクヨム側でリクエストを受け、数話ほどSP視点の話となります。

「通常の人事発令では無いことは、君たちも理解しているだろう。」


そう言って凄みを利かせてきたのは、警察大学校長である十枝一望とえだかずみだ。


警視庁警備部警護課員として勤務していた私が、新年度からの与えられる任務は、男性であるにも関わらず警察大学校へ入学する『佐藤悠真』の護衛だ。


男性をたった一人で、賢しい女ばかりの動物園とも言うべき警察大学校で4年間生活させると判断した上層部は、私の常識では気が触れていると言わざるを得ない。


今日、3月24日は、警視庁警護課から佐藤某のために警察庁警察大学校へ出向となった十余名の着任訓授の日だ。


机の上には国家生殖資源庁から提供された佐藤関連の資料に加え、佐藤のために改定になった寮規則、警察大学校の平面図、立面図等、警備に必要な資料が15cmドッチファイルで配布されていた。


極めつけは、佐藤の居室付近の空調換気設備図まで有り、資料内容から『警護の失敗は許されない』という意思が強烈に伝わった。


しかし、訓授が進むにつれ、佐藤の精液ランクはS、週に一度のメンタル検診が不良だと担当SPの懲戒検討、女子学生との交流は緊急時以外は黙認すること等、もはや警護させたいのか、させたくないのか分からない内容が明らかになった。


佐藤自身のデータとして、心理安定度は平均を上回るが、対女性警戒指数は不透明であり、警護対象としては扱いやすい物の対応を誤れば精神的負荷が蓄積しやすい個体であることが伺える。


私達に課された任務は単純明快だが、どんな警護より難しく『四年間、佐藤悠真を無傷で維持すること。』とあった。


もはや、ある種の罰俸転勤のように感じているのは私だけではないはずだ。


大卒ストレートでノンキャリの警視庁警察官を拝命し、巡査部長試験を一発で通過し、ようやく憧れの本部勤務かと思ったが、あまりの仕打ちに目をつむりたくなった。


そっと左右の席を確認すると、どちらもげんなりした様子で訓授を聞いているのが分かる。


私は資料を閉じ、息を一つ吐いた。


この任務は、もはや警護ではないのではないかと。


---


「失礼いたします。」


その声と同時に入室してきたのは、黒髪短髪で精悍な顔つきで眼光の鋭い青年だった。


地域課員として相当数の男性を見てきた自負はあったが、これほど雄々しい男性は見たことが無かった。


「先ほど着校した佐藤悠真と申します。私の警護を担当されると聞き、ご挨拶に参りました。」


入ってきた男性はそう言って部屋の周りを見回すと、ゆっくりと頭を下げた。


その姿に私達は思わず目配せして驚いた。


階級や入庁年数からして、私達が先輩であることは間違いない。


しかし、佐藤にとっては同じ警察官と言うよりは、クライアントとSPという構図のはずだ。


男性が自らSPに頭を下げ、挨拶へ来る例は少ない。


まして、プログラム未受講の10代男性で、しっかりと挨拶が出来る者等聞いたことが無い。


通常は距離を取り、必要最小限の接触に留めるはず。


それが教育されている行動だからだ。


だが、佐藤は違った。


視線は確かに鋭いが、敵意ではなくこちらを確認している目、ようは『自分に害を為す存在かどうか』を見極めているような視線だ。


その一瞬で私たちは、佐藤は従順ではあろうが無防備ではないということを理解した。


「聞いているだろうが、これからの学校生活で佐藤君の警護を担当する警大SP係だ。元所属は警視庁警備部警護課員で全員がSP適持ちだ。私はSP係長の山村だ。何かあれば速報してほしい。」


私達の担当係長が、佐藤に対して簡単な自己紹介を告げる。


佐藤はその紹介を聞くと一瞬間を置き、小さく頷いた。


「……承知しました。民間SP会社の方かと思いましたが、まさか大先輩である警視庁警察官とは思いませんでした。」


声は落ち着いているが、その奥にわずかな緊張が混じっていた。


「言っただろう、君はクライアントだと。それに君が警大を出たら、この10名程度の人員より階級が上になる。遠慮は不要だ。」


山村の言葉に対し、佐藤は特に表情を変えず鋭い視線のまま再び頷いた。


距離の取り方が妙に正確で、近すぎず、遠すぎず、警護対象として適切とされる間合いを、初見で取っている。


これは明らかに偶然ではない。


教育か、それとも本能か、それは私には分からない。


「本日は顔合わせのみだ。詳細は後日、個別に説明する。ただし、今から常時2名づつ君に付くので気にしないでくれ。以上だ。」


山村がそう締めると、佐藤は短く「失礼します」とだけ言い残し、入ってきた時と同じ静かな動作で部屋を出ていった。


その背中を、山村に指示された2人が追いかけた。


扉が閉まる音が軽く響き、数秒の沈黙の後、誰かが小さく息を吐いた。


「……想定と違わない?」


誰に向けたとも分からない呟きだった。


「確かに、もっと怯えているか、逆に過剰に依存してくるかと思っていたが……」


それに対してまた別の者が応じた。


確かに、通常の男性は、接触そのものを避けるか、保護対象としてSPに寄りかかるかの二種類に分類される。


「距離を測っているんじゃ……」


私がそう言うと、何人かが小さく頷いた。


「測るって、具体的には?」


「SPを安全圏に入れていいかどうか、使えるのかどうか、そういう視線に見えたよ。」


私は断言しなかったが、皆同じような感覚を抱いていたようだ。


山村が腕を組み、少しだけ考える素振りを見せた。


「過剰介入は控える。接触は必要最小限。佐藤と他の学生間のトラブルも基本的には静観し、物理的な攻撃からのみ護衛する。先週配布された規程の通りだ。」


その言葉に、全員が「了解。」と短く返す。


だが、私はほんのわずかに引っかかりを覚えていた。


あの視線は、恐れている者の目ではなかった。


それに、Sランク男性として警護するには、あまりに薄弱な体制、指針、上の対応。


私には、この任務が何物なのか、全く理解できないということは、理解出来ていた。


---


着校から数日が経過し、警護体制も一通りの運用に入った。


控室では、交代要員を含めたローテーションの確認や情報共有が日課となっている。


「居室周辺の動線、再確認。夜間帯の巡回頻度は現状維持でいいか?」


山村の問いに、記録担当が即答する。


「問題ありません。異常なし。暴力的・性的な接触未遂もゼロです」


理想的な状態だが、その理想が続くほど、現場は逆に警戒する。


「佐藤の様子は?」


別の者が資料から顔を上げずに問う。


「規定通りの行動。講義、移動、食事、全て許容範囲内。ただし……周囲の視線に対する反応がかなり早いです。特に女性集団とのすれ違い時です。」


私はその報告に、内心で同意した。


「女しかいない場所で生活してんだ。警戒が強まるのも無理は無いだろう。……初回のメンタル診断の結果は?」


「問題なしです。入校前後での異常なし。脳波も極めて安定しており、リラックス状態が維持できていると医師から報告がありました。」


「……本格的な講義は式典の後からだからな。……後で関教官の所感も確認しておけ。」


山村が短く指示を出すと、近くの者が「了解」と返事をした。


会話はそこで途切れ、再び紙をめくる音だけが残る。


私は自分の記録端末を閉じ、全てが順調に進んでいることに安堵しながら椅子にもたれた。


小さく呟いた言葉は、誰にも拾われなかった。


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