風涼し
「おはよう、しずく」
「おはよう…」
翌日から私はまひるとの登校を再開させた。まだお互いにぎこちない部分はあったし、完全に元通りになれるとも思わなかったけれど、不思議とまひるとの距離は縮まったようにも思えた。
校内は文化祭準備がいよいよ大詰めを迎え、どこか熱い空気が漂っていた。私はこれまであまり話したことのなかったクラスメイトとも少しずつ会話をするようになっていた。自分の言葉はきっと人に届く、そんな風に思えるようになっていた。
「俺、こういう細かい作業苦手なんだよな」
「部活の先輩が言ってたんだけどね…」
「あの子、彼のことが気になってるらしいよ!」
今まで知らなかったクラスメイトの性格、周りの生徒が入っている部活の話、クラスメイト同士の恋バナ。そんな話を今まで聞こうとしていなかったことに今更気付かされた。
「そろそろ、展示用の歌を仕上げにかかってくれ」
校内の盛り上がりと同じく、短歌部の準備もピークを迎えていた。先輩たちは着実に準備を進めているようだった。私は一人で遅れている気がして、少し背筋が伸びた。
「ひより先輩はどんな歌を作られたんですか?」
いち早く歌を三上に提出したひよりについ助けを求めてしまう。ひよりは手元のノートを見せながら、答えてくれる。
「えっとね、全部で五首提出したんだけど、自信作はこれかな」
–––––夏過ぎて未だ冷めずに暑くなる祭りの熱気か私の心か
ひよりらしい恋への憧れを込めた、しかしそれだけではなく季節の流れを感じさせる素敵な歌に思えた。
「哲平には相変わらず恋の歌って言われちゃったけど、私的にはきれいにまとまったと思うんだよね」
「あの、素敵だと思います…」
「ありがとう、しずくちゃん!やっぱり、哲平には女の子の気持ちがわからないんだよ」
ひよりの言葉を聞き、向かいに座る藤原が顔を顰める。
「悪かったな。それに俺は『また恋の歌か』って言っただけで、悪いとは言ってないぞ」
「じゃあいいと思ったの?」
「…ああ」
「それならそう言いなさいよ。素直じゃないんだから」
「あはは…じゃあ、藤原先輩はどんな歌を作られたんですか?」
「俺?俺はまだ途中だけど、見せるとしたらこれかな」
–––––風涼しクラスメイトと時刻む祭りのときぞ近づきにける
ひよりの歌とは打って変わり、少し硬く重厚な雰囲気のある、それでいて実直な歌だった。
「…素直にいい歌だから、ちょっと悔しい」
「なんでだよ…」
「でも、私もいい歌だと思いました。係り結びって私使ったことないんですけど、一気に雰囲気が古風になりますね」
「ああ、そうだね。ちょっと雰囲気を出したいときに覚えておくといいかもしれない」
「そういうところが器用だよねー」
ひよりは少し不貞腐れたような表情で続ける。
「その割になんか気持ちを隠したような歌を作るよね、哲平って」
その言葉に藤原は頬をひくつかせながら、抑えた声で答えた。
「まあ、いいだろ」
「…いいけどさ。じゃあ、次は部長の番ですよ。どんな歌を作ったですか?」
微笑ましそうな顔で私たちの会話を見守っていた三上に矛先が向けられた。
「俺もか。俺は自信作があるんだが、みんなにもぜひ展示の中で見てもらいたいから、今日は秘密だ」
「えー、そんなー。しずくちゃんのためだと思って教えてくださいよ」
「えっと、私はひより先輩と藤原先輩ので十分参考になったので、無理しなくて大丈夫ですよ…」
「そう言われると弱るが…朝倉さんならきっと大丈夫だろう。それに前も言った通り、これまでに作った歌で展示してもいいわけだしな。どうしたい?」
「これまでの歌をいくつか展示してもらいたいと思います。ただ、」
これまで考えていたことを勇気を出して先輩たちに告げる。
「一首は新しく作ってみたいなって思ってます…」
俯いてしまいそうになるのをぐっと堪え、先輩たちの反応を窺う。
「うん、いいんじゃないか」
「いいね。今のしずくちゃんならきっといい歌が作れるよ!」
「頑張って、朝倉さん」
温かい反応に緊張をほぐされる。まひるに気持ちを伝えられた自分。クラスメイトと少し距離を縮められた自分。先輩たちに刺激を受けながら頑張りたいと思えるようになった自分。そんな今の自分の言葉を短歌にしてみようと思った。




