あの歌を目指して
祭りの次の日、私たちはどこか余韻を引きずりながら、今日も吟行に出ていた。
「今日は合宿最終日ということで、時間は短いがこの宿の庭で吟行をしようと思う。昨日一昨日と同じように、後で発表をしてもらうから、それぞれ励んでくれ」
宿の庭には、一昨日の寺や昨日の庭園ほどではないものの、夏の花が咲き綺麗なものだった。その彩りが合宿中の記憶を思い起こさせる。一日目に思うような歌が詠めなかったこと。二日目に先輩たちからもらえたアドバイス。祭りで見たひよりと藤原の姿。そして、あの歌に抱いた醜い嫉妬。
呼び起こさせる記憶と目に映る光景、耳に聞こえる音、風の匂い。それらを必死に言葉に絞り出し、なんとか歌を紡いでいく。結局、時間内に作れたのは五首だけだったが、これまでの合宿で一番いい出来のものができた気がした。
「じゃあ、最後の発表といこうか。今日は誰からいく?」
「私でいいですか?」
いつも以上に積極的なひよりが自分の歌を見せてくれた。
–––––夏のなか仲間とともに日を送る刻んだ思い出いつ振り返る
「ひより先輩、今日は恋の歌じゃないんですね」
「三日間のいいまとめになる歌だな」
「ひよりって、恋の歌以外も作れたんだな」
「哲平、何その言い方?」
「褒めてるんだよ。恋じゃないのにいい歌だなって」
「ああ、本当にいい歌だと思うぞ。“いつ振り返る”という言葉選びが未来につながってる感じが出ていいな。雰囲気が近いから、次は俺の歌を見てもらおうか」
–––––歴史ある地で友たちと時重ねる故郷の町を遠く離れて
「部長はかなり素朴な歌ですね」
「確かに。でも結びの“故郷の町を遠く離れて”の部分で一気に情景に深みが出ている気がします」
「昨日の話で言うと、風景、内面、風景と三段階になってるんですね…」
「そういう言い方もできるかもな。藤原が言ってくれた結びのフレーズを先に思いついて、そこから発想した形になるんだ」
「なるほど。入れたいフレーズから作った感じなんですね。哲平はどんな歌?」
–––––古ことの積み重なりしこの町に降り立ちたるはあなたのためか
「哲平が恋の歌!?」
「ほう、珍しいな。…だが、藤原らしい実直さを感じさせるな」
「哲平の恋の歌はびっくりだけど、出来はいいね。結びがきれいな気がする」
「これは古語調?っていうんですか?」
「そうだね。古語調とか文語調とか言われるスタイルで作ってみたんだ」
「なるほど。言葉の響きが素敵に感じました」
「うん。単なる恋の歌で終わらずに、古語の響きで全体を引き締めているのが効いているな。じゃあ、最後に朝倉さんの歌を発表してもらおうか」
「はい。私の歌はこれです」
–––––百日紅陽射しの中に映える白私の心をするりと撫でる
「へえ。とっても素敵」
「うん、きれいにまとまっているね」
「ああ、昨日話していた、風景と内面のつながりがよくできているな」
「“するりと”っていう言葉は、きっと“百日紅”を意識してるんだよね?」
「そうです。百日紅を見ていたら、この言葉が浮かんできたので使ってみました…」
「いい言葉選びだな。朝倉さんの三日間の成長も感じられるし、この合宿の締めにもいい歌になったな」
「素敵な歌でしたネ」
高橋が話に参加してくる。
「みなさんの成長が感じられる歌でした。普段と違う環境で刺激を受けながら歌を作る経験がいい影響になったようですネ」
その言葉を聞きながら、私の胸の奥に静かな熱が灯っているのを感じた。あの歌に少しは近づけただろうか。改めて、あの歌のような歌を自分でも詠んでみたい。そう思った。
こうして、私たちの合宿は静かにおわった。けれど、私の中の何かは確かに変わり始めていた。




