風の痕跡
見つけたのは、それから四日後だった。
廃ビルの脇を通りかかった。以前、涼に連れられて上ったことのある非常階段だ。
立入禁止の札は傾き、錆びた鎖には、もう人を拒む意思は感じられない。
階段を上ると、足の下で錆びた鉄が静かに軋んだ。
踊り場には煙草の吸い殻と、風に運ばれた砂埃が溜まっていた。
屋上に出ると、空が急に開けた。
午後の光は白く、遠くのビル群は夏の熱でかすかに揺れていた。
フェンスが風に鳴る音が、細く聞こえていた。
強い風ではない。だが、途切れることなく流れ続ける風だ。
丸めた紙が一枚、金網の網目に差し込んであることに気がついた。
近づいてそっと抜き取る。
スケッチブックから切り取ったらしい厚手の紙だった。
昨夜は雨が降ったはずなのに紙の表面は乾いている。ここに置かれてから、まだそんなに時間は経っていないのだろう。
何かを予感しながらそっと広げた。
涼の絵だ。
灰色の街。高架、倉庫、地下道、古い商店街の屋根。
見慣れた街の情景だ。
その絵に描かれているのは確かに街だが、同時に、それは風の絵だった。
ビルの角で折れ、路地で細くなり、川沿いでほどけ、またどこかへ抜けていく。
灰色の濃淡だけで描かれている紙の上には確かな流れがあった。
紙の隅に、走り書きがあった。
「風は止まらない。止まるのは人のほうだ」
風がフェンスを鳴らし続けている。
途切れずに流れる風の音を聞きながら、自分は長いあいだ、止まっていたのかもしれないと思う。
涼がどこへ行ったのかは分からない。
戻ってくるのかどうかも分からない。
だが、彼が描いた風は、街のどこかで今も流れている。
涼と歩くようになって、その流れの中に、自分も少しだけ足を踏み入れていたのだと思う。
屋上を吹き抜ける風が、空白を撫でていく。
その空白は、もう以前ほど重くはない。




