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灰色の街のスケッチ  作者: ままま


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5/7

空白を撫でる風

涼を見かけなくなったのは、いつからだったか。

最初の数日は、ただの偶然だと思っていた。今までも会うときは会い、会わない日はそれだけのことだった。


だが、五日、六日と過ぎるうちに、胸の奥に薄い膜のような不安が張りつき始めた。

喪失感と言うには曖昧で、寂しさと言うには輪郭が弱い。 それでも、確かに何かが欠けている気配があった。

涼は「通りすがり」の存在だったはずだ。 街の隙間に現れ、風のように消える。 そういう距離感でいたはずなのに、いつの間にか彼のことを知りすぎていた。



川沿いの遊歩道を歩く。 ベンチに座り、スケッチブックを開く。

鉛筆を紙に当てるが、線はなかなか動き出さない。

風は弱い。 木の葉はほとんど揺れず、対岸の工場の煙だけがゆっくりと形を変えている。


その変化を眺めながら、ふと気づいた。

涼のことを、誰にも話していない。 妻にも言っていない。 言う必要がないと思ったし、言葉にすると、何かが失われる気がしていたのかもしれない。

彼の存在は、街の風景の一部だった。

高架下の薄暗さや倉庫街の錆びた匂いと同じように、説明のいらないものだった。だから、誰かに伝えることができなかった。


倉庫街へ向かう。 シャッターの前に立つと、潮の名残がかすかに漂った。 倉庫と倉庫の隙間を、細い風が抜けていく。 砂埃が少しだけ舞い、ビニール片が横へ流れる。

その流れを見ていると、胸の奥が少しだけ重くなる。



涼はいなくなったのかもしれない。そう思う瞬間が、日に日に増えていく。

だが、探そうとは思わなかった。

探すという行為は、どこか違う気がした。

風の通り道を無理に追えば、その流れを乱してしまうだろう。彼がどこかで息をしているなら、それは彼自身の場所であって、自分が踏み込むべきではない。


それに、探すほどの関係だったのかと問われれば、答えに迷う。 だが、探さないほどの関係でもなかった気がする。その曖昧さが、喪失感の形をさらにぼやけさせた。


家に戻ると、妻が洗濯物を畳んでいた。

「散歩、長かったね」

「少し遠くまで歩いた」

「いいことじゃない」

妻はそれ以上何も聞かなかった。

涼のことを話す気はなかったし、妻も聞こうとはしなかった。


夜、机の上でスケッチブックを開く。 昼間に描いた倉庫街の隙間を見つめる。

余白が少し広い。 線は以前より柔らかい。

涼がいなくなったことで、自分の中にまたひとつ空白ができた。その空白は、埋めるべきものではない気がする。風が通るための隙間のようなものだ。


涼は、どこかで自分の隙間を探しているのかもしれない。街のどこかで、風の途切れない場所を歩いているのかもしれない。

それでも、かすかな喪失感は、静かな余白として確かにそこにあった。


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