風の途切れる夕方
雨の降りそうな午後、高架下で缶コーヒーを飲んでいると、涼がぽつりと言った。
「親とは、もう何年も会ってない」
こちらは何も聞いていなかった。
それでも彼は、自分で落とした言葉を拾うように続けた。
「美大、途中でやめたんだ。やめたっていうか、行かなくなった。家に戻るのもしんどくて、そのまま」
高架の上をトラックが通り、会話が途切れた。
コーヒーの缶は手の中でぬるくなり、コンクリートの湿った匂いが少しずつ濃くなる。
「風が止まる場所にいると、息ができなくなるんだよ」
「家がそうだったのか」
「家だけじゃないけど」
涼は笑った。
笑ったが、顔のどこにも明るさはなかった。
その笑い方が、高校生だった息子の顔を思い出させた。
あのとき自分は、息子の言葉を聞いていなかった。
聞いているつもりで、最初から答えを持っていた。
「こうしたほうがいい」「その道は危ない」そう言いながら、本当は息子を見ていなかったのだ。
それが今は分かる。
涼の横顔を見ていると、あの夜の息子の肩の強張りが今さらのように胸の奥に浮かんできた。
「戻る気はあるのか」
思わず口にしてから、後悔した。
案の定、涼は少しだけ眉を上げて答えた。
「そういうの、好きだよね。大人は」
「すまない」
雨が落ちてきた。
高架の端から斜めに吹きこみ、地面に暗い筋をつくる。
涼はリュックを抱え、柱の内側へ寄った。
「助けたいとか思わなくていいから」
「顔に出ていたか」
「出るよ。そういうのは」
しばらく二人で雨音を聞いていた。
高架下には乾いたところと濡れたところができ、その境目を風が這うように動いていた。
彼を救えるとは思わなかったし、彼もそれを望んでいないことは分かっていた。
そもそも救うとは何か、自分にはよく分からない。
ただ、いなくなると困るだろう、という感覚だけがあった。
それは久しぶりに、自分の側から誰かに向いた感情だった。
そしてその感情は、かつて息子に向けられなかったものの形に、どこか似ていた。




