高架下の温度
翌日、再び川へ向かった。
高架の下は昼でも薄暗い。
頭上を通るトラックの振動が時折コンクリートを細かく鳴らしている。
昨日の男は、地面にあぐらをかいて何かを描いていた。近づくと顔を上げる。
「来たんだ」
「たまたまだ」
「そういうことにしておけばいいよ」
男が膝の上に広げたスケッチブックを覗き込んだ。
高架の柱と路面と、そこへ差し込む斜めの光が描かれている。線は軽く、ところどころで途切れ、余白が多い。完成していないようにも見える。
だが、紙の上で確かに空気が動いていた。車が頭上を通るときの微かな揺れまで、その余白の中に残っている気がする。
男に「見せて」と言われて、脇に抱えていたスケッチブックを差し出した。
2、3枚めくり、ふうん、とだけ言う。
「ほんと、固いな」
「失礼だな」
「でも嫌いじゃない。あんた、自分で自分を囲うのがうまいんだよ」
男は涼と名乗った。
苗字は言わなかったし、こちらも聞かなかった。
近くで見ると、思った以上に若い。男というより、せいぜい青年というところか。
痩せて、妙に澄んだ目をしている。
こちらを見ていても、顔を通り越して遠くの何かを見ているような、不思議な視線をしていた。
二人で少し歩くことになった。
涼に連れられて、川沿いの道を外れて街の方へ歩いて行く。
ビルとビルの隙間を抜け、細い路地へ入る。室外機の熱気が吹きつける曲がり角を過ぎた先で、涼が足を止めた。
「ここ」
何もない場所だった。
古い塀とコインパーキングの金網にはさまれた、幅2メートルほどの通路。地面には煙草の吸い殻と、ちぎれたレシートが落ちている。
「何が?」
「風が抜ける」
言われて立ち止まると、たしかにシャツの裾がわずかに触れた。
それは木陰の涼しさみたいなものではなく、街の表面をなでていく薄い流れだ。視線を落とすと、レシートの切れ端が少しだけ揺らいでいる。
「街が呼吸をしているんだよ」
家に帰ってから、スケッチブックを開いた。
記憶の中の景色をなぞるように描いていく。塀の角、金網、通路の奥。昨日よりも、ほんの少し線が軽い。
風そのものは描けない。だが、風の通った痕跡のような余白が、紙の上に残った。




