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海にいだかれて  作者: 雪本 風香


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12章 5

 話せば長い。オレも、思い出しながらだったから、あちこちに話が飛んだ。

 それでも、母さんは根気(こんき)よく、聞いてくれた。


 考えて見れば、じっくり母さんと話すのなんて、初めてかもしれない。

 それも、将来の話を。


 母さんは、オレの話をちゃんと聞いてくれた。時々、相槌(あいずち)や質問を交えながら、まとまりのないオレの話を、ずっと聞いてくれていた。


 すべて喋ったオレに対して、母さんは「そっか」のひと言だけだった。

 他に何か、アドバイスをくれるんじゃないか、と思っていたオレは、正直拍子抜けした。


「父さんだって、今治で一ヶ月……いや、一週間後でも過ごしたら、良さがわかるんだよ。タケさんも千尋も、その他の友達も。どれだけ、心を砕いてくれたのか……」

 悔しくて、再び目頭が熱くなったオレに、母さんは驚く言葉を放った。


「なら、お父さんにはナイショで、二人で行こっか?」

「行くって、どこに?」

「愛媛」

「え!?」

 オレに、母さんはにこやかに笑って、だって、と続けた。


「陽太が気に入った場所、お母さんも見てみたいわ。それに、必要でしょ」

「なにが?」

「学校見学」

 オレはマジマジと母さんの顔を見返した。

 そして、恐る恐る訊ねる。

 

「ついてきてくれるの?」

 母さんは、オレの飲み込んだセリフを察してくれた。

「お母さんが受験にこだわっていたのは、……私がそこしか知らなかったから。だって、一族みんな、小学校からエスカレーターで大学まで通っているから。でも、陽太の行きたい学校は、別なんでしょ?」


 言葉だけ聞いていると、諦められているようにも聞こえる。

 けどオレは、変な期待を込めていない母さんに、ホッとした。

 心のどこかで、母さんの母校を選ばなかったことに、罪悪感を感じていたから。


「ごめんね」

 オレの心を読んだかのようなタイミングだった。

「陽太の気持ちを考えず、受験を進めちゃって」

「いや。オレも、受からなくて、ごめん」

 スルリとオレの口からも、謝罪の言葉が出てきた。


 ずっと引っかかっていたことを、謝れた。


 安堵とは違う不思議な感情が沸いてきた。

 母さんも同じだったようだ。

 穏やかな笑みをたたえたまま、母さんはオレに向き合った。


「今度は失敗しないように。陽太の気持ちを教えて。もちろん、()として、許可できないこともあるけれど。話し合って、折り合いをつけていきましょう」

「あ……」


 やっと、腑に落ちた。


 タケさんと千尋のそばが、心地良い理由が。

 タケさんたちは、ちゃんと対話をしてくれるのだ。ガキの意見だと、一蹴(いっしゅう)せずに。


 タケさんが話さないことは、千尋が。千尋が言いにくいことは、逆にタケさんが。

 お互いにフォローしつつ、オレに向き合ってくれた。 

 だからオレも、父さんと母さんに向き合わないといけない、って思えたんだ。


「母さん」

「はい」

「ついてきてくれる? オレ、なんとか父さんを説得したいんだ」

「もちろんよ」

 母さんは、嬉しそうに、でも少しだけさみしそうに笑った。

「成長って、嬉しいけれど、切ないわね」

 ポツリと呟いた声は、耳に届いていたけれど。

 オレはわざと聞こえないふりをする。


「それにしても……」

 母さんは、困ったように眉を寄せた。


「お父さんを説得するのは、難しいわよ。あの人、相当プライド高いし、頑固だもの」


 オレは、瞬時に噴き出した。だって、同じようなセリフをつい先日、聞いたばかりだからだ。


血筋(ちすじ)らしいよ、それ」

「え? 血筋?」

 オレから出たワードは、あまりにも突飛(とっぴ)だったのだろう。

 母さんは、目をパチクリさせた。


「そう、血筋。……頑固なんだって、父さんの血筋は。父さんに限らず、タケさんも千尋も。そして、オレも」

 

 母さんは驚いた顔から、ゆっくりと笑顔になる。


「なら、どっちの方が頑固者か。競わないとね」

「……ぜってー、負けねーし!」


 母さんの応援を受けてオレは、決意を固めるように強く拳を握ったのだった。

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