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海にいだかれて  作者: 雪本 風香


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12章 4

「武史になにをそそのかされたのかは、知らない。だが、反対だ」


 父さんは苛立ちを表すように、組んでいる自身の腕を、指でトントンと叩いている。


「なぜわざわざ愛媛なんだ?」

「専門的に学びたいんだ。海も近いし、なにより、高校から船乗れる学校って、少ないから」

「質問の答えになっていない」

 父さんは、ピシャリと言い返した。そして、仕事カバンからモバイルパソコンを取り出して、何かを検索する。

 

航海士(こうかいし)の免許が欲しいのか?」

「うん。でも、それだけじゃなくて……!」

 父さんは、聞く耳を持っていなかった。今、パソコンで調べていることを、淡々と告げた。

「それなら、中学卒業したら、千葉にある技術学校に行けばいい。それか、普通に高校から水産系が学べる大学に進学しても、遅くない。そのあたりは、調べたのか?」

 立て続けに言ってくる父さんに、オレはとっさに言葉を返せなかった。

 オレの様子を見た父さんは、ほら見たことか、というような表情を浮かべた。

 

「高専にこだわる理由は、なんだ? 五年の間に、やりたいことが変わることだって、あるだろう?」


 なにも言い返せない。オレは、黙りこんだ。

 そんなオレに、父さんは呆れたように、発言した。 


「居心地が良かっただけだろ、武史のところが。あくまで()として、行っているからな」

 カチンと来た。

 でも、反論はできない。事実だから。

 タケさんと千尋は、できるだけ普段通りの生活を心がけてくれていたけれど。

 あくまでオレは、よそ者だ。


 けど。


「……気に入ったんだ、あの町が。理由なんて、それで充分だろ!」

 父さんの眉がピクリと動いた。怒っている前兆(ぜんちょう)だ。

 母さんにも伝わっている。一気に部屋の空気がピリッとした。


「くだらない。あんな田舎の、何もない町に……」

「何もなくない!」

 オレは、父さんのセリフを(さえぎ)った。


「あの町は、……確かに。確かに東京と比べると、物足りないよ!? 店だって少ないし、移動だって不便だし。でもさ、オレは、オレは……」

「陽太……」

 母さんが、そっとティッシュをオレに差し出した。その時、初めて気付いた。

 自分が泣いていることを。


 父さんは、オレを一瞥(いちべつ)すると、ため息をつき、席を立った。


「言いたいことはそれだけか?」

 オレは父さんを睨みつけた。父さんは、冷たい視線をオレに向けるだけだった。


「お前は東京にいて。金銭的にも様々な選択肢を選べる、恵まれた立場にいる。言っておくがそれっぽっちの理由で、田舎の狭いコミュニティで満足するような人間には、一銭たりとも金は出さない。……おい」

「なんでしょう?」

 呼びかけられた母さんは、硬い声で返事をする。父さんは、カバンから鍵を取り出すと、投げるように母さんに渡した。

「陽太が落ち着いたら、新しい家まで連れて帰れ」

「それが人に頼む態度?」


 珍しく母さんが言い返す。そんな母さんが気に食わないのか、父さんはますます眉間にシワを寄せた。


「名字の関係で戸籍はこっちに入れてはいるが、親権は共同だったはずだ。送って行くくらい、したらどうだ?」

「その言葉、そっくりそのままお返しします」


 父さんは、母さんの言葉にふん、と鼻を鳴らしただけだった。

 再び腰をかけることなく、足早に部屋を出ていく。


 その背中を見送った母さんは、盛大なため息をつくと、オレの方に向き合った。


「陽太、晩ごはん、食べて行くでしょう? 夕飯が出来るまで、母さんに色々聞かせてくれない? この一月、どうして過ごしていたのか。武史さんと千尋さんのこと。そして、なぜ、高専に行きたいって思ったのか」


 母さんの表情は、久しく見ていないほど、穏やかで、きれいだった。

 オレがまだ、幼稚園に行っている時によく見せていた、パッと人を惹きつけるような顔。


 オレは泣いていたことも忘れて。

 母さんの言葉に、コクンと頷いたのだった。

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