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海にいだかれて  作者: 雪本 風香


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11章 5

 予想通り、タケさんが連れてきたのは、海だった。


「やっぱり海だ……」

「やっぱり、ってなんや。ええやろが、別に」

 タケさんは、いつもよりつっけんどんだ。


「……暑いやんけ」

 珍しくグチっぽく呟いたタケさんは、コンビニで買ったタバコに火をつけた。

「タケさんって、吸う人だったんだね」

「……止めとったんやけどな、千尋と暮らし始めて、すぐに。やけど……」

 ふぅー、と煙を吐くと、タケさんは空を見上げた。


手向(たむ)ける線香くらいは、要るやろ」

 そういうものなのか。

 未成年のオレには、よく分からないけれど。

 タケさんの心を落ち着かせるのに、タバコというアイテムが必要なのだろう。

 

 車にあった空き缶を灰皿代わりにして、タケさんは自分の出す煙を見つめていた。

 オレは木陰(こかげ)でしゃがみ込むと、コンビニで買ってもらったジュースを飲んで、タケさんが話すのをじっと待つ。


 タケさんが口を開いたのは、二本目を吸い終わった頃だった。


「その日、たまたま天気が急変して、波が荒くなったんや」

「うん」

「先生もおった。自分たちも気いつけとった。けど、船が転覆(てんぷく)……ひっくり返って、気付いたら全員投げ出されてた」

 淡々と話すタケさんだが、さっき船に乗っていたオレには、その光景がありありと浮かんでくる。


「もちろん、ライフジャケットは着けとった。ただ、そいつはたまたま船の下に入り込んでしまって、浮かべんかった。タイミングずれとったら、そいつが俺やったかもしれん」


 タケさんの話に、オレはなにも言えなかった。


「海は……いや、自然相手の仕事は(おと)ろしい。俺やって未だに船出す(たんび)に、万が一のことは考えとる。やけん、陽太が漁師目指すんは、反対や」

 

 前にも同じことを言われたから、ショックじゃない。

 オレが気になっているのは。


「じゃあ、なんで船に乗せたんだよ?」

「…………諦めさせるためや」

「違うだろ?」

「……」


 無言で、なにかをごまかすように、タケさんは新しいタバコに火をつけた。

 オレから目をそらすタケさんは、すごく分かりやすい。

 タケさんが言わないなら、自分で伝えるまでだ。

 

「オレに現実を知って、その上で選択させたかったんだろ? 船乗せて、厳しい話して、止めてしまうなら、本気で向き合っていない、ってことなんだから」

「…………」


 タケさんは、オレでも分かるくらいに表情を変えた。

 ったく、本当にポーカーフェイスが出来ない男だよ、まったく。

 人が良すぎるってのも、かえって心配だ。


 ここは、そんな人ばかりなんだけどね。


「……ちゃんと、考えるから」

 オレのセリフに、ようやくタケさんは目を合わせてくれた。


「船乗ったことも。今のタケさんの話も。全部知った上で、自分が将来、どうしたいのか。きちんと考えるから」

「…………さよか」


 煙を吐き出しながら絞り出したタケさんは、まだ納得がいかない様子ではあった。

 けれど、タケさんの性格は知っている。

 オレがきちんと出した答えなら、尊重(そんちょう)してくれることを。


 その証拠(しょうこ)に。


「まぁ、漁師になる、ならんは別として。……陽太が見に行った高専は、ええ学校や。……俺は(あたま)、足りんかったから、水産高校やったけど。成績良かったら、あそこに行きたかったくらいには、ええ学校やけん」


 そして、オレの肩を、ポン、と叩いた。


「陽太は元々、頭ええんやろ? まだ十二歳やし、今から真剣に目指すんなら、充分間に合うやろ」


 それって、つまり……。


「いいの!? 漁師、目指して!?」

「ええ、とは言っとらん」

 タケさんは、しかめっ面を浮かべた。


 なぜか深いため息をつくと、ひとり言のように呟いた。


「とはいえ、知っとるけんな。うちの親戚の人間(もん)は、みんな頑固(がんこ)やって。千尋も、俺も、努さんも。()()と決めたら、絶対に譲らん。やけん……」


 タケさんは、俺を見て、クシャッと笑った。

 諦めと、誇らしげな表情が混じった、不思議な笑顔だった。


「陽太も、()()と決めたら、(つらぬ)き通す男や」


 タケさんのセリフにオレの胸は、ジンと熱くなるのだった。

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