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海にいだかれて  作者: 雪本 風香


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10章 5

「ゔっ……、ゲエェェェ!!」


 オレは嘔吐(おうと)する。もう、何度目かは、忘れてしまった。

 胃の中が空っぽになって、それでも、気持ち悪さはなくならない。


 タケさんが「朝ごはんは、食べるな」と言った意味が、ようやくわかった。


 吐いて、水飲んで、また吐いて。

 その繰り返しだ。


 タケさんは、なにも言わず、黙々と作業をしている。


 もう、船は動いていない。けど、エンジンを切っているわけじゃないから、ドドドという音と共に、一定のリズムを刻んでいる。

 さらにいうと、波で船は予測もつかない方向に揺れるのだ。


 オレは、もう立ってもいられなかった。

 その場にしゃがみこんで、ゲーゲーと吐くだけだ。


 タケさんが平然と仕事をしているのが、不思議なくらいだ。


 機械を動かして、網を回収する。

 そこにいる魚を選別して、不要な魚は海に放つ。


 説明すると、それだけなのに。


 あたりにはすごい臭いが漂っているのだ。


 魚臭い、どころではない。

 激臭だ。


 それがまた、オレの気分を悪くする。


「ゔぅ゙……ゲェッ……」

「吐いた分、水、飲んどけや」


 タケさんの冷静なセリフに、オレは再び、吐いたのだった。


 ※


「陽太、見れるか」

「…………なに、タケさん」

 オレは、かすれた声で返事をする。

 なんとか視線を上げると、タケさんが空を指さしていた。


「ほら、夜明けや」

「え……?」


 オレは、そちらに顔を向けた。


 瞬間。


 オレは、気持ち悪さを忘れていた。


 海を照らしながら、顔をのぞかせる太陽。

 その光景は、言葉に出来なかった。


 月並みなセリフだったら言える。


 太陽の光が、海面(かいめん)反射(はんしゃ)して。

 キラキラして、美しかった。


 でもさ、オレがこの時受けた衝撃(しょうげき)は、そんなものじゃ、表せない。


「この瞬間だけは、何度見ても感動するわ」


 タケさんのつぶやきに、オレは同意するように頷いたのだった。 

 

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