10章 3
タケさんが、そのワードを口にしたのは、家についたタイミングだった。
先に車から降りた千尋の足取りは、思ったよりしっかりしている。
それでも。
「ごめん、今日は晩ごはん、パスさせて」
そう言って、二階に上がっていく千尋の背中。
その後ろを両手いっぱいに飲み物を持ってついていくタケさんが、ふと振り返った。
「陽太、明日は三時に家、出れるように起きて準備しとけ」
「え?」
「だから、早起きしろや」
「いや、それはわかったけれど。……なんで?」
半分は不信感、半分は期待を込めて、オレは問い返す。
「言うとったやん、自分で。『漁師になりたい』って。……だから、直接教えたるわ。漁師の厳しさを」
「それって……」
認めてくれるの?
オレのことを、弟子として。
目で訴えるオレに、タケさんは渋い顔をしたまま、ブスっと答えた。
「俺の考えは変わっとらん。漁師になんか、なるもんやない。やけど……」
「だけど?」
「こんな風に千尋を巻き込むくらいなら、俺が直接、教えたるってだけや」
早口なのは、照れを隠しているから。
タケさんのクセだ。
その程度のことがわかるくらいには、タケさんと親密になっていた。
そして、ここで笑うと、タケさんがへそを曲げてしまうことも。
「分かった。ちゃんと起きる」
オレは笑わないように、顔に力を入れた。
「なんつう顔、しとんのや。嬉しないんか?」
変に作った顔は、タケさんが不審に思うくらいには、おかしかったようだ。




