10-章 2
車から降りてきたタケさんは、怒っていた。
それはもう、ひと目でわかるくらいに、激怒していた。
「……千尋。……陽太」
低いタケさんの声。
怒っている。確実に怒っている。
そもそもおかしいと思ったんだよ。
暑さに弱い千尋が、仕事があるからといって、昼くらいに到着する高速船を選んだのを。
帰る頃には、一番暑い時間帯なのに。
タケさんの帰る時間に合わせて、家を出たのだろう。
そういえば、家を出る前。
千尋は台所でゴソゴソしていたし。
てっきり食べ物とか飲み物を、用意しているだけだと思っていたのに。
タケさんへの書き置きを遺していたのだろう。
だって、携帯で連絡を取っているそぶりはなかったのだから。
それに。
「千尋! 何をしとんや!?」
「え? ただの学校見学だよ」
「そんなこと、聞いとらん! こんな暑い時間に外、出歩いて! また倒れたらどうするんや!?」
「だからメモ、残していたでしょ。迎えに来て、って」
素直な千尋の言葉に、タケさんはぐっと言葉に詰まる。
そう言われると、怒るに怒れないのだろう。
だって、実際にタケさんは迎えに来ているのだから。
「早よ、乗り」
タケさんは、千尋の手をぐいっと引っ張って、後部座席に押し込んだ。
「陽太も!」
「は、はい!」
オレは、とばっちりが来ないように。
走って、タケさんが指さした助手席に乗り込んだのだった。
※
千尋は、限界だった。
タケさんが持って来た、経口補水液を飲んだ後は、色々なところをアイスノンで冷やしながら、後部座席を倒してぐったりとしていた。
「無茶するからや」
もうタケさんは怒っていなかった。その代わり、めちゃくちゃ呆れていたけれど。
「……そこまでして、来たかったんか?」
タケさんが口を開いたのは、フェリーで因島に渡ったのち、しまなみ海道に入ったタイミングだった。
千尋は、疲れ果てていたのか。
後ろで寝息を立てていた。
オレは、タケさんの質問に応えようと、口を開くのだが。
改めて聞かれると、言葉が出ない。
だって、正直、そこまでの気持ちは、まだないのだから。
タケさんは、一つため息をつくと、質問を変えた。
「今治に居りたくなったんか?」
その瞬間。
オレの目から、ブワッと涙があふれてきた。
「アホやな、陽太は」
タケさんは、呆れたような顔で、オレの頭をぐしゃりと撫でたのだった。




