9章 2
「ちょっと外、出てくるわ」
タケさんが立ち上がったのは、電話を終えたすぐ後だった。
「わかった。……また海?」
からかうような千尋の言葉に、硬かったタケさんの顔が少しだけ和らぐ。
「お見通しやな」
「これでもタケちゃんの一番の理解者を自認していますから」
「自認じゃないわ。公認や」
いつも通りの二人のやり取りに、オレはホッと息をついた。
その音を聞いたタケさんは、くるりとオレの方を向いた。
「陽太も行くか?」
「え?」
「海。もう盆に入ったけん、泳がせんけどな」
考えたのは、少しの間。
「迷惑じゃないなら……行きたい」
オレの言葉に、タケさんは眉を上げて。
「迷惑なら誘わんわ。堂々と着いて来いや」
タケさんのいつもの言い方。
それが今のオレには、やけに沁みるのだった。
※
タケさんが連れてきたのは、今まで行ったことのない場所だった。
「メジャーなところは、盆やけん、混んどるからな」
来島海峡大橋のふもとにある、小さな海岸。
みんな、サンライズ糸山の方に上がっていくみたいで、海岸のほうには誰も居なかった。
塁斗たちと行っていた海岸に比べて、狭い砂浜。だが、ぼーっとするには、ちょうどいい広さだった。
「海には入るなよ。盆やけんな」
「さっきも言っていたけれど。なんなの、それ?」
「知らんのか!?」
タケさんはびっくりして、目を丸くする。
「よう言うやろ、盆に海入ると、ご先祖様があの世に連れて行くって」
「なんなの、その迷信」
「迷信ちゃうわ! 塁斗たちやって、盆になったら海、入らんやろうが」
そういえば。
あれだけ毎日のように海で遊んでいたのに、お盆になると、誰かの家や、ショッピングセンターに場所が変わったのだ。
お盆で、中々全員が集まらないから、そうなったと思っていたのに。
「そういうことだったんだ……」
「そうや。まぁ、迷信らしいけどな。ご先祖様うんぬんは。ただ、盆過ぎよると、海も変わるから当たっとるんやけどな」
タケさんは、砂浜にごろりと寝転んだ。
「砂まみれになるよ」
「別にかまわん」
「陽にも焼ける」
「これ以上俺の体に、焼くようなところ、ないやろ」
苦笑いするタケさんは、「あーあ」と大きな声を出した。
「すまんな。もっとうまいこと、努さんに言えたらよかったんやけど」
「いいって。それに父さん、基本的に身内の話、聞かないから」
「陽太は、それでええんか?」
「いいも悪いも。……それが普通だったから」
ちらっとオレの方を見たタケさんは、何か言いたそうな顔をして。
結局、飲み込むことにしたようだ。
だけどさ。
全然タケさんは、納得していないんだよ。
大人なのに、憮然とした顔を隠すこともなく。
黙って空を見上げているんだ。
ちょうど夕方に向かっている時間だ。上を向いてもまぶしくはない。
オレもタケさんの横に、寝っ転がってみた。
「……なんかあれば言うてこい。筋が通っとることなら、味方したるけん」
「なんか、って?」
「なんでもええ」
「また父さんに、言い負かされても?」
うっ、と言葉に詰まったタケさんだが、持ち直したようだ。
「勝ち負けやないやろ。全く知らんのと、知っとって触れんのなら、また意味合いが変わってくるけん。一回で努さんに伝わらんのなら、なんぼでも言うたるし」
あの父さんだよ。そんなのが通用するかなぁ。
全然イメージは、沸かなかったけれど。
「……そういうもの?」
「そんなもんや」
タケさんが、自信満々に断言するから。
「わかった。なんかあったらタケさんに話する。……千尋にも」
最後に付け加えた言葉に、タケさんは嬉しそうに、顔をクシャッとしたのだった。




